日本各地を旅する男のブログ
 

旅する男たくまの旅の記録

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【2013.10.11 Friday 】 author : スポンサードリンク
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忠臣白虎隊
福島県会津の歴史で最も有名なのは白虎隊の悲劇でしょう。

明治のはじめ、新政府は確固たる政権を作るため、旧幕府軍とそれを支持する潘の武力制圧に乗り出します。
会津潘は旧幕府側に味方した有力潘でした。

新政府軍に攻められた会津潘は、防戦のために十代の若者をも戦争に投入しました。
この若者で編成された部隊が白虎隊です。

自ら志願して当時の潘主松平容保(かたもり)に出陣の許しを得た白虎隊は迫りくる敵を迎え撃ちましたが破れ、人工の水路を通って城の方に撤退します。

20060612_58591.jpg

これは白虎隊が通った水路です。
きょわい(-д-;)
たくまは昔から水の流れが苦手です。

なんとか城近くの飯盛山まで逃れてきた白虎隊の生き残り20人は、山上で衝撃的な光景を目の当たりにします。
主君の待つ鶴ヶ城がすでに炎上していたのです。

20060612_58592.jpg
飯盛山からみた鶴ヶ城跡(中央の森が城跡)

白虎隊20人はもはやこれまでと、飯盛山で自刃して果てるのでした。


福島の旅でその飯盛山に行ってきました。

ふもとの駐車場に車を止め、いざ登山!

と思ったらエスカレーターがあるではないですか。

20060612_58595.jpg

これは素晴らしい!

「歩いたら本当に大変でございます」

というアナウンスにつられて乗ろうとしたら、なんと有料。
250円
意外と高い(--;)

結局歩いて登るたくま。
どれだけ歩かされるのかと思ったらなんのことはない。
写真でも確認できる階段の上が一番高い地点でした。

「歩いたら本当に大変でございます」

なにか腹立たしい。
善意かと思ったらめちゃくちゃ営業やん(-д-;)
これで大変とか言ってたら金毘羅山のおばちゃんに笑われるわ。


さて、登って1番にたくまを迎えてくれたのがこんな碑でした。

20060612_58603.jpg

これは昭和3年にローマ市より寄贈されたもので、台座部分にイタリア語で
白虎隊勇士の「武士道の精神に捧ぐ」ために寄贈されたことが書かれていたそうです。

「書かれていた」

というのは、戦後、アメリカ軍の命令で削られてしまったからです。

このことから、戦前に白虎隊の歴史が忠君愛国の模範として宣伝されていたこと、それをアメリカが懸念したことが容易に想像できます。

最後まで主君のために戦い、自刃して果てその忠誠を貫き通した白虎隊の少年たちの生き様は、軍国主義の当時の日本にはもってこいの模範だったのでしょう。

20060612_58600.jpg
飯盛山の白虎隊の墓

たくま個人もそうした白虎隊の生き様に感じるものがありますが、ココではあえて違う見方をしてみます。


まず、白虎隊は明治政府にとっては敵、賊軍でした。
自刃した隊士は政府によって埋葬することを禁止され、不憫に思い遺骸をこっそり寺に運んだ村人はおとがめをうけたそうです。

戦前は国民の鑑とされていた白虎隊も、明治には国にとってあってはならない存在だったのです。

ほんの40〜50年で大きく変わるものです。


また、もうひとつ気になることがあります。

白虎隊には実は一人だけ生き残りがいました。
飯沼貞雄という人です。

自刃したのですが助けられ、78歳まで生きました。
白虎隊が有名になった理由の一つに、この方の証言で隊員の詳しい動向がわかったことがあります。

しかし、白虎隊の評価があがればあがるほど、飯沼さんを責める人も出てきました。

「なぜ生き残った。卑怯者!」

ひどいことを言うと思われるかも知れませんが、我々がその時代に生きていたら同じように飯沼さんをののしっていたかも知れません。
もっと言えば、今現在、我々もなにか心ないことを誰かに言ったりしたりしているのかも知れません。


歴史から学ぶというのは、いまの価値観にのっとって誰かを悪と断罪することではなく、過去の価値観を物差しにいまの我々の価値観がどんなものなのかを知ることではないかと思います。

飯沼さんと同じような思いをする人がこれから先なるべく出ないようにするためにも、飯沼さんをののしった人々の価値観をもっと知りたいと思います。
【2006.06.12 Monday 01:03】 author : たくま
| 東北 | comments(15) | trackbacks(0) |
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【2013.10.11 Friday 01:03】 author : スポンサードリンク
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この記事に関するコメント
“忠君愛国”
ふと頭に浮かんだのは忠臣蔵、四十七士は主君の仇討ちに成し遂げた後に自刃ということでしたが…
志し半ば戦いに敗れ、炎上する城を見た少年達は何を思ったのでしょう…無念という言葉だけでは言いあらわせません、想像するだけで胸が痛みます。

自分は飯塚さんを罵った人たちの姿と、イラク滞在中に人質となり解放され帰国した方々に対する世間の反応がかぶりました。
飯塚さんや、帰国した人たちは間違ってはいない。ただ生き残っただけなのだと…周りの人たちが寄ってたかって悪者呼ばわりしてまったのだと思います。
一人が言い始めたことが二人、三人と同意する人がどんどこ増える…イジメみたいなものかなと。
ウラを読んで、良く言えば…人という生き物は一人ではできないことも、大勢ならば成し遂げられるのではないかと思います。
アレ!?なんだか考えがズレたかな?なんだか自分でもよくわからなくなってきちゃいました(^^;)

ところで「百虎隊」と「白虎隊」、ネットで検索したらどっちでも出てきたんですが…どっちが正しいんですか?
| cojiro | 2006/06/12 8:58 PM |
一つだけ、私はイラク邦人人質事件については世間の非難も間違いではないと思います。
皆、生き残ったことに憤っていたのではなく、あのような情勢の中で素人同然の人がなぜ行く必要があったのか、結果どれだけの人を心配させ危険にあわせたか、その自己能力の判断と考えの甘さに怒ったと思います。
すでに緊迫した状況下にある場所だから、あらゆる準備と心構えが必要なはずです。戦争とは一度起こってしまえば生きるか死ぬかしかない場所じゃないでしょうか。そういう場所に出向くというのは信念あって行くからには死んだとしても本望だと言うぐらいの覚悟が必要なのではないでしょうか。
自衛隊のように訓練に訓練を重ねた人が、完全武装をしていたとしても生きて帰ってこれるかわからない場所にそれほどの覚悟もなく準備もなく海外観光旅行かのように行ったことが皆の反感を買ったのだと思いますが。
| 豚子さん | 2006/06/12 10:56 PM |
cojiroさん、すすすすいません!(>_<)
「白虎隊」が正しいです。
もしネットで調べて「百虎隊」があったのなら、自分と同じく機械の変換に疑問を抱かなかったうっかり者だと思います。
恥ずかしいので訂正しときました(^^;)
ご指摘ありがとうございます。


さて、飯沼さんのことをイラク邦人拉致の問題と照らし合わせたcojiroさんの視点、大変おもしろいですね。
なるほどと思いました。

「一人でできないことも、大勢なら…」
の考えも同感です。
cojiroさんが仰るように、これって長所にも短所にもなるんですよね。
だからこそ、それをコントロールするための客観性を持っていたいですよね。

ところで、拉致された邦人に対して思うのは、自分も豚子さんと同じように
「行かなきゃいいのに」
ですね。
恐らく、聡明なcojiroさんもご自分なら行かないと思っていることでしょう(笑)

ただ、世の中に絶対的良し悪しはないという意味で、「行かなきゃいいのに」という思いをあえて客観視してみたいと思います。

自分が感じた「行かなきゃいいのに」は俗に言う「自己責任論」というやつで、明らかに今の日本の流行りです。

それを証拠に、アメリカでは、イラクで活動する民間人は、危険を承知で活動する勇気ある人々と評価されます。

日本とアメリカではイラク戦争に対する問題意識が根本的に違うのでなんとも言いがたいところもありますが、アメリカの見方もまた一理だと思います。

個人的にあるインドでの話を思い出しました。
うる覚えで申し訳ないのですが…

昔インドでレイプ事件が多発するので、女性の夜間外出禁止令が出されました。
しかし、一人だけ反対した人がいました。
その人の主張は
「犯罪を犯すのは男なのだから男を外出禁止にするべきだ」

女性にどの程度自己責任があるのかという話でもあると思います。

さらに言うなら、北朝鮮に拉致された人々には自己責任はなかったのか、という議論も可能です。
拉致されたのはいずれも日本海側の人気のない場所。なんでそんなとこに行ったの?と

様々な事件で被害者に自己責任があるのはひとつの理屈ですが、その責任の度合いがどこまで高いのかに答えはありません。

答えはないのですが、あの拉致事件頃の日本は、確かに、自己責任が「ある」という議論に終始した気がします。

拉致された人たちがどれくらい問題意識を持って行ったのか本人の声を聞く間もなく(たくまは聞いた覚えがない)、国中に愚か者扱いされたような。

もうひとつ論点を挙げるとすると、国中に迷惑をかけたことですが、これもアメリカ的考えで言うなら国が国民を守るのは当然だと言えるのでしょうね。

この手の議論は本当に難しいです。
「自分なら…」
という答えは簡単に出せますが、それが他人であると何とも言えないところです。

でも、よくよく考えると、彼らが良いか悪いかって結論をわざわざ出す必要もないんですかね。
答えが出たところでどうにもならないし(笑)
| たくま | 2006/06/13 1:40 AM |
おおっと、これはこれは
自分の頭の中には「あれだけ迷惑をかけて、生きて帰るより死んで帰ったほうがいいよ」と会社の人が言っていたのが印象に残っていたもので。
世間の反応ということで引き合いに出したかったのですが、ちょっと違っていたようです(^^;)

あのときは自分も「行かなきゃいいのに」と思った記憶があります。イラクへの入国が制限されている状況での入国。国が救出しようとしなければ、あのような非難は起きなかったでしょう。
戦時中ならば戦争に反対するものは「非国民」と罵られたのが、現代では戦争をするものが「非国民!?」ってなぐあいに表現したかったのです。

たびたびのツッコミ、しつこくて申し訳ないんですが…
「会津潘」のハンは「藩」ではないでしょうか?
「潘」ってPCでもケータイでも変換してもしても!!出てこないのです。自分のケータイがしょぼいんですかねぇ(^^;)
| cojiro | 2006/06/13 6:47 PM |
「藩」です。すいません(--;)
なんで自分の携帯は「潘」って出たんだろ?
まったく気が付きませんでした。
ありがとうございます。
あ〜もう頭悪い子みたいや(--;)

ていうか「潘」って漢字あるんですね


cojiroさんの「世間の反応ということで引き合いに」出されたイラクの拉致問題、とてもわかりやすくていい例えだったと思いますよ。o(^^)o
| たくま | 2006/06/13 7:16 PM |
さらに、イラク邦人人質事件では、初めは拉致された人の家族も心配で助けてほしいと訴えていたように思いますが、
無事保護され帰国した直後の会見で(女性の方が言ったように記憶していますが)、
「またイラクへの活動に行きたい」と言ったため、家族までもが絶句していたように記憶しています(まあ、記憶って当てにならないことも多いですが…)。
あれだけ、固唾を呑んで無事にと祈る思いでいた人も沢山おられただろうに、あのタイミングであの発言はどうかと思いました。結局、状況判断が甘い人だと印象を受けました。そういうことが、あのような国民上げての非難に繋がったんじゃないでしょうか。
自己責任という前に、危険には回避しようと努力して出来るものもあると思います。たくまさんは北朝鮮拉致事件やインドの話などを例えで出されていますが、『危険・死』とは自分でどんなに注意しても避けることの出来ない常に背中に背負って生きているようなものがほとんどです。
しかし、現に戦争真っ只中であると言う情報を知っている以上はさけることも全く不可能ではない『危険』だったはずです。
アメリカには『危険に無防備に飛び込んでいくのはただの馬鹿だ』という冷たい見方もありますよ。
それに、かれらは結果いろいろな人に必要以上の労力と力を使わせたと思います。国が国民を守るのにも限度があるし、がんばってくれている人たちも国である前に家族・友人がいる『人間』ですよ?もし、周りで陰に立ち働いた人がいたとして、亡くなることがあったとしたらそれが自分の両親であり、兄弟姉妹であり無二の親友であったとしたら?
考え過ぎといわれてもかまいませんが、「非難した」の言葉の裏にはその時の周りに流されただけの意見だけではなく、いろいろな思いから噴出したものがあったと思います。
私は、命の大切さを皆に呼びかけ自らもボランティアに携わる立場にいながら結局自分の命だけでなく他人の命まで危険に巻き込み、さらに、それを思いやることが出来ない発言が間違っていたと思うし、そのことに憤りを感じました。
それはイジメではないし、赤信号も皆で渡れば怖くないの心境だけでもないし、マスコミが“国民すべてが自己責任がなっていないと思っている”かのように報道している内容に流されただけでもない、命を粗末にする人に対する怒りの声をあげている人もいたんですよ。
と、そういう意見の人が私の回りにも多かったので、私はcojiroさんの引き合いがいい例えだったとは思っていません。引き合いに出された内容があまりに鮮明でまだ生々しいものなので、さらりと流すことが出来ませんでした。

おもわず、一つのことに集中してしまい本来のブログの内容とかけ離れてしまってすみません。
m( )m
さらに、堅物ですみません。
m( )m
さらに、さらに、長すぎてすみません…




| | 2006/06/14 1:24 AM |
豚子さん
なるほど。豚子さんにとって非常にデリケートな部分に関わる話だったのですね。
自分の発言で不愉快にさせてしまったのでしたらすみませんでした。

最後にひとつだけ説明させてください。

おわかりいただいていると思いますが、自分は、“今”という時代を相対化しようという意味で話をしていました。
自分(たち)が持っている価値観を客観視するということです。

これは少しお気に障る発言になってしまうかも知れませんが、上の豚子さんが投稿してくださったコメントに「憤り」という語が出てきました。

「怒り」や「憤り」という感情は、自分自身の正義感から生じるものです。

もちろん譲れない自分を持つことは大変重要なことだと思いますが、自分の正義は人にとっての正義でないこと、また、自分の正義が人を傷付ることがあること。
これがココでの自分の主張なんです。

豚子さんは、拉致された方々は命を粗末にしていると仰いますが、彼らにとってその命の使い方は「粗末」だったのでしょうか?
「またイラクへ活動に行きたい」発言は本当に状況判断の甘さからきているのでしょうか?

信念をもってイラクに行ったが帰ってきたら迷惑者扱い。
誰だって自分の信念を否定されたらかなり傷付きます。
状況判断が甘いと言われますが、彼らが素直に感謝して
「しばらくイラクには行きません」
と言える環境がそこにあったでしょうか?
個人的には、自分自身の尊厳を守るために、むしろ状況判断をして出した言葉と取れました。

自分の感想はいいとして

彼らが周囲の迷惑をかえりみないと言うのなら、我々周囲の人間はいったいどれほど彼らのことを見たというのでしょうか?

彼らがイラク支援を必要と思った理由。
親をも絶句させる発言の真意。

彼らを批判した国民の何人がそれを知ろうとしたでしょうか?
いったい誰が彼らと時間を共有してその思いを確かめようとしたのでしょうか?

我々が自分の価値観をもって彼らを評価するにはあまりにも情報が少なすぎるのではないでしょうか?

人間はしばしば自分の感情で物事を評価しますが、それは客観的であるとは言えません。

自分の経験に則した感情を無下に扱えという意味ではありませんが、正義感からくる評価や憤りが人を立ち直れないほど傷付けることがあります。

彼らは今ごろどんな想いでいることでしょうか?
我々はあの時、自分達の考えが彼らの人生をどう変えてしまうのかと責任をもって発言したでしょうか?
彼らのしたことが仮に悪だったとしても、周囲の正義感によってどれだけ傷付き、どれだけ孤独にされたでしょうか?
そう考えるととても胸が痛くなります。


社会の中で置かれた孤独な立場という意味で、このイラクの一件は白虎隊の飯沼さんと共通する部分があり、cojiroさんの例えはとても適切だったと思います。

過去になってしまったものしか考えないのはただの好古学です。
「鮮明で生々しい」“今”を考えるために、歴史を学ぶ意味があるのだと思います。
| たくま | 2006/06/14 5:54 AM |
別に不愉快ではないです。むしろ、私のほうがおそらく不愉快にさせているのではないかと思います。
(-.-;)

私は「イラクに活動に行きたい」に腹が立ったのではなく、「ごめんなさい。もうイラクにもどこにも行きません。」発言を期待していた訳でもありません(そもそも相手に「期待する」ことは単なる自分の押し付けでしかないし)。
それを語った「タイミング」にどうかと思ったのです。
彼ら自身が時間が経ち、自分と周りをもう少し「客観視」出来るようになって、それでも自分たちの変えられない思いを次回の自分に出来る限りの対策改善点につなげ生かして行きたいと言う風なことが伝わるような発言であれば反応は違っていたと思うし、一番のよき理解者であるはずの家族が絶句するぐらいですから、社会が納得できないと思ってもおかしくないと思ったんです。
それに、実際に様々な被災地に赴き、多様な経験をしている方々でもあの場合については批判的立場の人は多かったです。

私は何か自分に出来ることがあると思えば駆けつけるのは「悪」だとは思わないし、「悪」や正義と言う立場からはみたつもりはなかったんですが。
彼らの苦しい状況、人質であった間の映像や彼らの様子その間の恐怖、感情を交えない経過を述べていた報道、家族のコメントやその様子、彼らがそれぞれ何をテーマにイラクへ行っていたのか、彼らのコメントなどを総合して自分の視点で「客観」的に見た結果出た私の「主観」です。

それに今の自分たちから歴史を客観的に振り返ることが出来るのか、そこから今の時代を客観的に見ることが出来るのか、それはある面「今」を考えるより難しく、「今」の人の考え方によってもいかようにも変えることができるものじゃないでしょうか。むしろ、あらゆる情報を本人の感情もリアルタイムで収集できる「今」のほうがより客観的に見ることが出来る場合も多いのでは。

人に伝えるのは難しい…(ToT)

別に、歴史を否定しているわけではないし、
cojiroさんやたくまさんが言っているのが「理解できない!」と言うのでもないんです。だめとかいいとかを話しているつもりでもないんです。そう受け取られたら、すいません。
m( )m

これはあくまでも私の例えですが(ほんとに例えですよ!)、飯沼さんに実は「自害するのが怖いばかりか、今まで生き残っていられたのもうまく皆の影に隠れてきていたためで、自害していく仲間がなかなか踏み切れない自分を恨めしそうな目で見るのに絶えられないで、その仲間の腹に刺さった刀をさらに深く突き刺した」という事実があったとしたら、果たして「皆が罵った」時の「飯沼さんの孤立感、孤独感」が共感できるでしょうか。
むしろ、「自業自得だ」と思う人も多いんじゃないでしょうか。死人に口なしですから、飯沼さんが自分に都合の悪い事を隠していたかもしれません。
それに、「客観視」とは、「白虎隊が編成され、出陣したが戦いに敗れ、城の炎上を見て自害した」のが客観的に見たもので、生き残った飯沼さんが「このように・こういう感情を持った」と語った「内容」が客観視したものだと思います。
個人が普段、あらゆる角度から情報を収集し総合して結論を出すように心がけている姿勢があるかによって、
「客観視」しているつもりの「対象」に違いがあるだろうし、
そもそも「客観視」と言うのは自分の感情を投影しない事実を第三者の立場で見ることだと思うし、「どういう思いだったか」を「慮る」のはすでに自分の主観の領域じゃないでしょうか。

歴史は情報量が少なく、誰もそれぞれの立場を語る人がない分、「客観視」しているつもりで、いつのまにか自分の都合によい「対象」だけを突き詰めている、
それこそイラクの問題でも「私たちが自分の価値観を持って彼らを評価するにはあまりにも情報が少なすぎるのではないか」という意見については、
「歴史」のほうが情報が少なすぎて、「今を見る」以上に「客観視」出来ない危険性もあるんじゃないかと思います。

…言いたかったのは、すぐに感情的に「憤り」に到達したのではなく、その結論を導き出す前に「自分が出来る範囲でではあるが、客観的にとらえた」過程があったということです。








| | 2006/06/14 12:44 PM |
「歴史は情報量が少ない」
というのはある意味でその通りです。
昔のことになればなるほど記録は残りにくくなっていきますから。

豚子さんの主観と客観のお考えも概ね同感です。

ただ、自分が引っ掛かっているのは「全体像」のなさなんです。

「全体像」は歴史的視点の基本中の基本でして、歴史学者は個別事実を即歴史的事実とは判断しません。

白虎隊に関して言えば、ただ生き残りの証言があったからそれが歴史になったわけではありません。
多くの人の証言、文献資料、発掘調査、その他様々な資料によって裏付けられてはじめて歴史的事実があるわけで、生き証人の言葉もたったひとつの資料に過ぎないのです。

「全体像」を構築できるだけの資料を集めるというのもひとつの客観視の方法です。

イラクで拉致された人たちの情報について個別事実は客観的にみていたかも知れませんが、メディアから得た情報だけでは「全体像」の構築は絶対に不可能です。
具体例は省きますが、自分が「彼らを評価するには情報が少なすぎる」と言ったのはこのような考えがあったからです。

また、客観視をするのに不可欠な要素として、自らの心構えがあります。

それは、どれだけ情報を集めても
「自分はわかっていない」
ことを自覚することです。

豚子さんもご指摘のように、人によって「客観視する対象」が違うことを考えただけでも、「全体像」を構築するための視点、情報は溢れかえっています。
その全てを得ることは不可能です。

それでもなお客観的視点を持とうとするならば、とにかく数多くの視点、様々な人の価値観をより多く理解しようとするしかありません。

いくら個別事実を客観的にとらえる能力に長けていたとしても、「結論」として憤りになるということに、さらに情報を集め「全体像」を構築しようという気持ちがそこには見えないのです。

個人的に、自分は「結論」をなるべく出さないようにしています。
「結論」を出す必要を感じないからです。
もっと言うと、「結論」を導き出すことで自分の中の客観性が失われることを恐れているからです。

もちろん時には「結論」を出さねばならない立場、状況に立つこともあるでしょうが、それまではなるべく客観的に情報収集の努力をすることがもっとも意義あることだと思っています。


最後に、飯沼さんの誇りのためにご紹介しますが、飯沼さんは自刃の際喉を突き刺し器官に穴が開き、生き残ったのは奇跡的だったそうです。
ただ生き残ったという事実のみを見れば「卑怯もの」とも映りますが、人々が「全体像」を持とうとしていればそんな解釈にはならなかったはずなのです。

みながみな「全体像」を持とうとすることはできないだろうしすることもないのかも知れませんが、なるべくそういう人が増えて欲しい。
そういう思いを強く持っています。
| たくま | 2006/06/14 7:40 PM |
いい忘れましたが、自分も不愉快になんてなっていませんよo(^^)o
むしろ、いつも議論を盛り上げてくださって豚子さんには本当に感謝しています。

時に議論は人を傷付けてしまいますが、この議論はその危険をおかしてでもする価値のある内容になっていると思うので、自分も何度もコメントさせていただいております。

真剣に受け答えして下さって本当にありがとうございます。

cojiroさんのお話も聞いてみたいなあ(笑)
| たくま | 2006/06/14 9:55 PM |
ブログと言うものの利点ですね。冷静に考えて、反芻できる。
こういうことを面と向かって話していたら、きっと大変なことになるかも…(-.-;)

私は、全てを捕らえられるなどと言う奢った考えはありませんし、結局自分の範疇でしかものを見ることは出来ないことも日々痛感。
例えば、激痛を訴えていても、実は人の注意を惹きつけたいだけのこともあるし。
涼しい顔をしているようで、実は絶え間ない痛みを耐え続けている人もいるし。
涙ながらの訴えに一緒に涙していたら、なんともその人の都合のいいように物語が出来上がっていただけで、いっぱい食わされた!とか。
本人にしかわからないものですからね。
その場の雰囲気に流されず、どういう種類のものか情報収集を行い、正確な状況報告と的確な処置につけなければならないし、瞬間瞬間に判断を要求される場合には「ふうん」と傍観者ではいられない。
きっと、性格だけでなく普段置かれている立場にも物事に対する考え方は影響しているんでしょうか。
その環境に長くいればいるほど、そういう考え方・プロセスは身に染み付いてしまうようで、これでももともとはドンくさい人のことも関心がない人だったんですよ。
極端に言えば、自殺したけりゃ勝手にすれば?という具合に。

ただ、イラク事件では今の段階ではこれが私の意見だし、
自分が得た情報からどう考えどう感じるかは私の個性の一部なので、自分に対しては考える・結論を導き出すと言う行動はあえて避けるということはしません。
そこから、憤りを感じたのは事実だし、またそう思ったことも否定しません。ただ、闇雲に皆に吹聴して回ることもしないけど。
それと憤りには、正義からくるものもあるんでしょうが相手のことを心配してし尽くして浮き上がるものもあるし、「憤り」の裏には様々な表情があります。
憤りをぶつけられた本人も理解して受け入れることが出来る憤りもあると思います(今回の私の憤りが彼らに受け入れられるかどうかは別にして)。
そこには必ず信頼関係と真剣な思いがなければ成立しないんですけど。
万が一にも彼らに会う機会があれば、先に感情をぶつけることはしません。意味ないですからね。
話をじっくり聴いた上で、でも、やはり自分が感じたことは正直に話すと思いますね。むしろ、安易に「あなた方のことは理解できますよ」とは自分の性格上出来ないと思います。
それに、同じ場にいたこともそんな地域に行ったこともない守られてきた立場から抜け出たことのない私が「わかる」なんて簡単に言うほうが偽善的な気がするし。

ただどうかと思うのは、現代のマスコミのあり方でしょうか。
言論の自由な時代のはずなのに、いろんな専門家がいて、皆意見が違うはずなのに、例えばこのときは「自己責任論」に終始していたことです。あの、煽動的な報道は好きじゃないですね。判断が鈍りますから。

ちなみに、飯沼さんの例えばはあくまでも私の勝手な例えばですよ!
日本史については中学校までしか習ってないし、高校から最近までは歴史に全くと言っていいほど興味を持っていなかったので。たぶん、現役小学生より無知だと思う。
う…ん、もっと自分の国のことをしらなきゃと身を持って感じたのは英語の勉強を本格的にしてみようかと思い始めてからでしょうか。
外国語を習得するのはギブ&テイクで、相手から知識を吸収する以上自分もまた提供できなければならない。
「じゃあ、自分の住むこの国をもどこまで知っているのか」に考えが及び、結論「うわっ、何も知らん!」でした…。
そんな折のこのブログとの出会い、結構役に立ってますよ(^o^)
普段、会えば恋愛・洋服や、友達の旦那さんや仕事の愚痴を聞くのが主な友達との間ではとことん突き詰めた議論も出来ないですしね。


| | 2006/06/16 12:17 PM |
↑名前、入れ忘れてましたm( )m
| 豚子さん | 2006/06/16 9:49 PM |
ちょこっと久々☆少しばかり遡らせてください(浦島cojiro)

たくまさんがおっしゃっている「またイラクへ活動に行きたい」発言は「自分自身の尊厳を守るために、むしろ状況判断をして出した言葉と取れた」
自分の中で途切れ途切れの線が、すっと繋がったような気がしました。
イラクから帰国した女性がカメラの前に現れれてからずっと何度も何度も頭を下げていたこと、ほんとうに申し訳なさそうでありながら口からでたあの一言。
もし自分があの状況で、あの立場にあったとしたら、あの言葉は出ただろうかと…。
きっと出ません(彼等を否定する意味ではなく)。自分にはイラクの危機を救うためにイラクへ行くことや、帰国してからまたすぐのイラクへ行きたいと思う程の 信念・勇気がないからです。
彼等を非難した人の多くは「日本人が数人行って活動したって、何も変わらないよ」と思っていたことでしょう。しかし、自分のことに重きを置いて過ごしてしまいがちな社会の中で、他人(まして危険な状況にある国)のために危険を冒してまで活動を続けたいという気持ちはすごく尊いことだと思いました。

客観視についても同感です☆
最近のメディアは「これでもか!」と言わんばかりに、同じ内容を・何回も・他局と競わんばかりに・複数のメディアで(テレビ・ラジオ・ネットetc...)視聴者の奪い合いをしますね。これだけ表現の方法がありながら、同じようなことしか伝えられないのか!?とよく思います。
「全体像」を構築できるだけの情報を提供して頂きたいものです。そして自分自身も貪欲に情報を収集していきたいです。

物事のとらえかた、豚子さんがおっしゃるように「普段置かれている立場にも物事に対する考え方は影響している」わかるような気がします。自分は半接客業(みたいな)なんですが、基本的にお客様のおっしゃることを否定してはいけないのです(^^;)。苦情の場合、お客様の言い分を聞いて、波風たてぬようにお話を進める…みたいに。否定されたようになると「おっ!?」と一線引いてしまう…悪いクセなんです。

こちらでは歴史を主に、いろいろな考え方や意見を伺うことができてとても勉強になっています(ウソじゃないですよ☆)。頭足らず、言葉足らず、知識追い付かずの自分ですが、これからもチョコチョコ参加させて下さいm(__)m
| cojiro | 2006/06/16 10:09 PM |
私もある意味、接客業サービス業みたいなものです。
明らかに、相手に非があってもどんなに我侭でもそこは飲み込んで穏便に対応しなければならない結構辛い時もありますが、また、こちらがあくまでも冷静であれば後が違ってきますね。

それに、私はもともと激高・短気型でしたが、かなりの忍耐力が付きました。

cojiroさん、お互いがんばりましょう(^O^)/
| 豚子さん | 2006/06/17 9:56 AM |
豚子さん
英語を勉強なさっているんですね

>そんな折のこのブログとの出会い、結構役に立ってますよ

いやあ、照れますね(^^;)
ありがとうございます。

>ただ、イラク事件では今の段階ではこれが私の意見だし、
自分が得た情報からどう考えどう感じるかは私の個性の一部なので、自分に対しては考える・結論を導き出すと言う行動はあえて避けるということはしません。
そこから、憤りを感じたのは事実だし、またそう思ったことも否定しません。ただ、闇雲に皆に吹聴して回ることもしないけど。


それでいいんだと思います。

自分の中で主観と客観は相反しません。
「自分はこう思う」という主観的部分をもちながらも、どこかでクールに考えられる客観性も持っている。
そんな状態が理想なのかと自分は思っています。

そもそも「客観性を持っているべきだ」という自分の考えも主観的な部分から来ているものですし。
豚子さんのスタイルに何の問題もないと思います。


これは蛇足ですが、この記事は「誰かが傷つかないために」客観性をみなが持っていたら、という雰囲気になっていますが、客観性は「自分自身のためになる」っていうのが自分の基本的考えなんですよね。
自分が「これがいい」と思い込んでいたら他の良さが見えなくなって、無限にある自分の選択肢が狭くなってしまう。
それが非常にもったいなく思うんです。

こんなことを考えるようになったきっかけは自分の恩師の一言でした。
自分が卒業論文のテーマが見つからなくて悩んでいたときに、恩師が「あれもあるこれもある」といろいろなテーマを例にあげてくれました。
驚いて自分が
「テーマっていろいろあるんですね」
と言ったときの恩師の返答は今でも忘れません。

「そうですよ〜。ひとつのテーマを決めるってことは他のすべてのテーマを捨てるっていうことなんですから」

これを聞いて、自分は、「知らない」ということはなんてもったいないことなのだと感じました。
百テーマがあったとして、みっつしか知らずにテーマを決めるのと百を知り尽くして決めるのと、どっちがより自分に有意義なテーマを選べるか、と考えたんです。

それから、自分の中で、結論を急がない、出したとしても情報収集をやめない、そう心がけるようにしています。

なかなか難しいですが・・・
たくまのスタイルの話でした(^^;)


浦島cojiroさん(笑)
>こちらでは歴史を主に、いろいろな考え方や意見を伺うことができてとても勉強になっています(ウソじゃないですよ☆)。頭足らず、言葉足らず、知識追い付かずの自分ですが、これからもチョコチョコ参加させて下さい

う〜これまた恥ずかしい(^^;)
ありがとうございます。
cojiroさんは頭足らず、言葉足らず、知識追い付かずじゃないですよ。
よく自分の誤字を指摘してくださいます。
そういう話じゃない?(笑)


お二人とも神経をすり減らすお仕事をなさっているんですね。
本当にごくろうさまです。
そんな苦しい中でも積極的なお二人のコメントを読んでいると、なんだかたくまは嬉しくてわくわくしてしまいます。
これからもがんばってください!
| たくま | 2006/06/17 6:25 PM |
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