日本各地を旅する男のブログ
 

旅する男たくまの旅の記録

現在地は、すでに訪れ た土地は、全ての 予定を完了した土地をで示していきます。

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【2013.10.11 Friday 】 author : スポンサードリンク
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琉球・沖縄の聖域と王権思想
 
【世界遺産 今帰仁グスク】


全国各地の山々を駆けずりまわったおかげで山を見る目が多少なりともついてきた
たくまですが、最近、その経験を糧に、沖縄の聖地たる山(御嶽やグスクなど)と、
琉球王国の宗教政策の関わりについて研究を始めました。

琉球の支配者たちが、自分たちの権力の強化・神聖化のために
聖地たる山をいかに利用してきたかが少しづつ見えてきたので、
研究の成果の一端を紹介しようと思い立ち、
ブログを立ち上げました。

興味ある方はぜひお立ち寄りください。


琉球・沖縄の聖域と王権思想
http://obotsu-sedi.jugem.jp/
【2010.07.29 Thursday 19:45】 author : たくま
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風化する戦争の記憶
私は今、浦添市の前田・経塚近世墓群という遺跡の発掘に参加しています。
浦添近辺は沖縄戦の中でも有数の激戦地区で、終戦から64年を経た今も、多量の不発弾、ガスマスク、薬瓶、遺骨等々が出土してきます。

先日も、壕跡と思われる遺構の中から日本兵三名の遺骨がまとまって発見され、沖縄の地方新聞に紹介されました。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-150076-storytopic-1.html (琉球新報)


新聞社へ取材を依頼したのは私たちです。
しかし、そこには大きな葛藤がありました。


遺骨をさらしものにしても良いのだろうか?


迷った末、「戦争の記憶が失われないよう」という、もっともらしい理由の元、彼らに「平和」の犠牲を強いることになりました。
それが正しいことだったのかどうか、私にはいまだに分かりません。


私の心配とは裏腹に、遺骨の公表はなかなかの反響でした。
問題意識の高い人々が、直接現場を訪れ、手を合わせて行かれました。

しかし、中には、こんな驚くべきことを口にする人達もいたのです。


おじさん「あなた達はこの遺骨をこれからどうする訳?」

たくま「調査しながら取り上げた後、県の援護課に引き継ぐことになっています。」

お「取り上げる訳?保存はしないの?」

た「いえ・・・骨の状態も良くないですし、早く取り上げてあげようと思っていますが・・・」

お「状態が良くないなら、レプリカを作るとか、薬品で固めて保存するとかできるだろう。」

た「・・・その予定はないです・・・」

お「こんな凄いものを平和教育に生かさないのか!?」

た「・・・と、言われましても・・・」

お「(こいつじゃ話にならんといった様子で) 後で(たくまの上司に抗議の)電話をしよう。」



あなたは、自分の親族が固められ、さらしものになって平気なんですか?



何か、「平和」という概念だけが一人走りしている気がするのは私だけでしょうか?
目の前の遺骨に個を見ない、その遺族を想わない、
そんな口先だけの「平和」が、一体何を生み出すのでしょう?


終戦から64年を経た今、戦争に対するリアリティは、
ココ沖縄でさえ、これほどもまでに薄れてきているのか・・・
【2009.10.09 Friday 01:08】 author : たくま
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肝高ではない阿麻和利
最近、沖縄では、現代版組踊「肝高の阿麻和利」というミュージカルが話題になっています。

勝連地域の中高生が、世界遺産に指定された勝連グスクの城主、阿麻和利(あまわり)の半生を演じるもので、一種の地域おこしとして始まったそうです。
今では、沖縄県内に留まらず、海外公演を行うほど意欲的に活動をされているようです。
今後の活躍がますます楽しみですね。


ところで、同ミュージカルが有名になるにつけ、少々心配になっていることがあります。
それは、「肝高の阿麻和利」というタイトルの、
「肝高(きむたか)」の解釈についてです。

試しに「肝高」をネット検索してみると、

・沖縄の言葉で「志高き生き方」という意味

・「志しが高い」というこの島の古い言葉

・沖縄の古語で「心豊かで気高い」という意味

・沖縄最古の歌謡集「おもろそうし」にもしばしば見られる古語で「心豊か」「気高い」「品位ある」などを意味する。

などなど。

これらの説明、間違ってはいないんですが、
これだけだと正解とも言えないんです。


もしやと不安を抱えつつ、現代版組踊「肝高の阿麻和利」の公式サイトを覗いてみると、

  • 肝高(きむたか)……沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」で見られる古語で、「心豊か」「気高い」などを意味し、高い生活文化を称えた勝連および勝連城の美称

  • さすが!
    そうなんです。「肝高」は、『おもろさうし』の中で、阿麻和利を讃える言葉としてではなく、「勝連」の別称として使われているのです。

    『おもろさうし』の中には、確かに、「肝高の阿麻和利」という句があるのですが、これは、必ず「勝連の阿麻和利」と対句になっており、「肝高」なのは「阿麻和利」ではなく「勝連」、「肝高」=「勝連」なんです。
    阿麻和利は、そうした肝高の勝連にふさわしい支配者として賛美されています。

    ここでは詳しい説明は省きますが、「肝高」を「勝連」の別称と取るか「阿麻和利」を賛美する語と取るかは、『おもろさうし』という歌謡集の全体像を、引いては、当時における勝連グスクや阿麻和利の存在意義を考える上で、非常に重要な問題なのです。(と、思っています)


    現代版組踊「肝高の阿麻和利」は、阿麻和利を肝高に描いているという意味合いでのタイトルだと思うので、異議を唱える訳ではないですが、勝連の歴史に誤解が生じないことを切に願う次第です。

    【2009.06.15 Monday 12:36】 author : たくま
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    動物虐待!?
    先日、仕事の関係で、発掘現場となる山を視察に行ったときの話。

    ふと森の中に目をやると、一本の木の枝にビニール袋が吊るされている。
    なんの気なしに近寄ってみると、半透明のその袋の中には、4本足の動物が透けているではないか!

    「うげ〜!なんじゃこりゃ〜!?」

    袋に入れられたネコらしき動物はぴくりとも動かない。
    恐らく、死んでからここに放棄されたのだろう。

    ところが、動転するたくまをよそに、沖縄人のおばさんが、
    驚くべき言葉を口にした。

    「あ〜、なつかしい」


    な、な、な、なつかしいいいい〜!!?(--;

    一瞬聞きまちがいかとも思ったが、おばさんの、ネコの死骸入りビニール袋を見つめる目は、確かに一種の親しみをたたえていた。

    た「な、なつかしいんですか?(--;」

    おば「昔は沖縄のいろんなところで見られたよ」

    た「な、なんのために?」

    おば「死んだ後、ネコマターにならないためさ」

    おばさんの話によると、沖縄には、ネコがネコマターという妖怪(?)にならないように、死後木に吊るす風習があったらしい。

    おば「普通はクビをくくって吊るすんだよ」

    た「そうなんですか?」

    おば「股が裂けないように、足もくくってたさぁ」

    た「ナ、ナルホド。でも、このネコは袋に入れられてますが?」

    おば「クビをくくるのがかわいそうだったんじゃない。優しい飼い主だね」


    とんでもない動物虐待の現場をみてしまったと思ったら、まさか、
    最終的に優しい飼い主像に行き着くとは(--;
    文化・風習、価値観ってのは、時代と共に移り変わるということを再確認する出来事でした。
    【2008.09.15 Monday 19:56】 author : たくま
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    絶句!! 『新 琉球王統史』
    こんな歴史書が認められていいのか!?


    最近、本屋である歴史書をみかけました。


    『新 琉球王統史』 与並岳生著

    琉球王国代々の王に焦点をあてそれぞれの治世におこった出来事を概論的にまとめた内容で、全20巻も出ています。
    たくまが手に取ったのは第1巻、『舜天/英祖』
    たくま自身が英祖(えいそ)王のお墓とされる「浦添ようどれ」の発掘をお手伝いしたこともあり、どんな風に書かれているのかと興味本位に読んでみたのでした。

    すると、


    「なんじゃこりゃあ〜!?(--;」

    誤りが何箇所かあるくらいならいいんです。それならまだわかるんです。
    しかしこの本、正しいところを探す方が難しかった。

    論より証拠。
    以下、英祖の時代に関して書かれているところを一部抜粋します。
    どれだけ誤っているかをご覧ください。
    赤字がたくまの修正文です。



    ***************

     仏教の始まり

     『中山世鑑』にはありませんが、『世譜』『球陽』には、英祖の事績として、もう一つ、寺院を建てたことが挙げられています。
     咸淳年間(1265〜74)、一人の禅僧が、那覇に漂着しました。史記は「どこの人かは分からない」としていますが、名は禅鑑(禅鑑の属した宗派は不明で「禅僧」の根拠はない)
     英祖は彼のために、命じて、浦添グスクの西に精舎を建て、「極楽寺」と名づけました。これが沖縄における仏寺の始めとされています。

    (中略)

     その点でいえば、浦添城下の英祖墓陵「ようどれ」に収められている英祖の石棺(石厨子)に、その影響が色濃くあらわれています。
     「ようどれ」は「世凪れ(よとれ)」すなわち安楽の意です。(「世凪れ」ではなく「夕凪れ」が一般的) 英祖陵墓室の石棺は三基あり、英祖とその祖父、父とされています。(大間違い!それぞれの石棺には20人近くの人骨が納められており、個人の棺でないことは明らか。英祖の父や先祖が葬られているといわれるお墓は別にあり、県の文化財にも指定されている)英祖のものは大型です。(英祖が葬られている石棺がどれかは特定できない)中国の閃緑岩で造られた石棺は、瓦屋根を模し、屋根には宝形、棟には宝珠と龍・鳳凰が彫刻され、(「ようどれ」の石棺の屋根は宝形造りなので棟はない。鳳凰の彫刻は下がり棟の先にあるが、龍はどこにも見当たらない)棺の四面には仏たちがレリーフされ、台座にはそれぞれ花鳥・鹿・獅子がレリーフされています。明らかに仏教色の石棺です。ここに、かの極楽寺の僧禅鑑の存在がうかがえます。(「ようどれ」の石棺が造られたのは禅鑑来琉の150年も後のこと。禅鑑の存在はうかがえない。)
     これらの石棺がいつ造られたものか分かりませんが、「ようどれ」自体は、英祖が築いたといわれています(英祖が築いたばかりの「ようどれ」には、石棺ではなく、木棺が納められていた。)。古琉球特有の崖面の洞窟を掘り進めて造った岩墓です。祖父・父の石厨子を安置し、かつ自分もそこに入るためだったのでしょう。
    だとすれば、祖父・父の石棺は、英祖が造り、英祖が亡くなると、その子の大成が、父英祖の石棺を造って安置したのでしょう。浦添按司となった父の偉業をたたえるために、その棺はひときわ大きくしたと思われます。(前提が誤っているのですべて間違い)
     「ようどれ」は極楽山ともいい、極楽寺はその菩提寺という位置づけになります。
     極楽寺は「極楽山普陀楽寺(ふだらくじ)」と呼ばれます。(「補陀楽山極楽寺(ふだらくざんごくらくじ)」の誤り)
     寺の位置は、史記には浦添グスクの西と記されていますが、「ようどれ」に近接していたと考えられ、げんに最近の発掘調査などを通じて、それは浦添グスク西北崖の、英祖の墓陵「ようどれ」の北側にあったと、推定されています。現在は採石のために削り取られてしまっています。(発掘調査の結果、極楽寺の位置は確定できなかった。「ようどれ」の北側という推定は、言い伝えや聞き取り調査などからなされた。)


    ***************


    内容はよくわからないかも知れませんが、誤りの多さはざっとわかっていただけたと思います。

    この本、相当古くに書かれたものかとも思ったのですが、初版は2005年。
    おーまいぶっだ

    参考文献も記載されておらず、何を根拠にこんな歴史が作り上げられたのかはまったくの謎です。

    この著者は、なぜ、文章を書く段階で、発掘を実施している浦添市文化課に質問にいかなったのでしょうか。

    ・・・

    いや、この際、彼がどういう調べ方をしたのかなんてどうでもいいんです。

    もしかしてと思い、『新 琉球王統史』をネット検索してみました。
    すると、やはりいるんです。
    このフィクションブックで琉球史を学んでいる人々が。


    たくまは知っています。
    一冊の歴史書を書き上げるのに昼夜を問わず勉学に励む人を。
    たった一語が与えるイメージに極度の緊張感をもって臨む人を。
    歴史が持つ意味を、社会に果たす役割を痛感し、より客観的な事実を世の人に広めていくことに人生をかけている人々を。

    あえて言いたい。

    この本は、彼らに対する冒涜だ!


    ・・・と言ってみたところで、このようなひどい本の出版がなくなることはありません。
    情報を一方的に受けるしかない私たちは、いったいどうすればいいでしょうか?

    できることはいくつかあると思います。
    まず、読んだ本の内容を鵜呑みにしないという意識。
    そして、本当に知りたければ、1冊に限らず複数の本から情報収集してみることです。


    いま世の中は情報化社会と言いますが、よく考えてみれば、私たちが触れている情報がどれだけ限られていることか。
    ある人がニュースで批判されると私たちはそれをすぐに悪人と意識しがちです。
    その人に会ったことがあるわけでもなく共通の知人がいるわけでもない。
    ただニュースの情報のみで判断してしまうのです。


    先のダメ本のことといい、私たちが何かを「わかった」と言うにはあまりにも情報収集を怠っている

    そんな気がしました。
    いつまでも自分はわかっていないのだという緊張感を持っていようと、決意を新たにしたたくまでした。
    【2008.01.20 Sunday 22:20】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(4) | trackbacks(1) |
    沖縄の不動産ってやつぁ
    明けましておめでとうございます。
    このブログをみていただいている皆さんには旧年中大変お世話になりました。
    遅々として更新されないどうしようもないブログですが、いましばらくお付き合いいただければ幸いです。
    本年もよろしくお願いいたします。

    冨士.jpg
    【富士山】


    さて、今年も正月の神主業を終え、いまはもう沖縄に戻ってきております。
    今日あった出来事をひとつ。

    たくまの借りている部屋がビッグ開発と契約したものであることはすでにお話ししたとおりですが、家賃の引き落としは別不動産「大○宅建」からされております。
    これは、最初は家主が直接集金にきていたのですが、後に家主が引き落としを一任したのがなぜか大○宅建だったからこのようなことになっております。

    この大○宅建もなかなかの曲者で、引き落としの契約書を提出したはずなのに、なぜか再度白紙の契約書が送られてきたりしたことも。
    どういうことか電話で確認すると、「事務所内で契約書を整理したいから」もう一度記入して送って欲しいと。

    意味わからん(--;
    もう一度書かせて印まで押させる意味もわからんし、なんの説明もなく白紙の契約書をただ送ってくる神経も理解できん。

    腑に落ちなかったので新しい契約書は結局送っていないのですが、家賃はふつうに引き落とされている模様。


    とまあ、こんな摩訶不思議な不動産なのですが、本日(6日)、大○宅建らしいと言えばらしいおかしな出来事がありました。

    なんと、年賀状がいまごろ届いたのです。
    察するに、年明けの初仕事が年賀状作成だったのでしょう。
    その内容もなかなかパンチが効いていました。


    ・宛名の郵便番号は「901−・1・・」

    「・」ってなんじゃい「・」って。
    調べろよ


    ・6日に届いている割に「謹賀新年 2008.1.1」

    図々しい


    ・妙な挨拶文
    「ホームページを開設させていただいてから1年と9ヶ月がたちますがお陰様で6万件近くのアクセスを頂いております」

    ホームページ見たことないし。
    あるのさえ初めて知ったし。
    お礼というより・・・自慢?
    おいらのブログは1年9ヶ月なら18万件くらいアクセスしてくれとるわい!
    ・・・みんなありがとう(←改めて感謝)


    新年早々、沖縄の不動産は笑わせてくれます。
    ビッグ開発なんて年賀状送って来さえしねえ(爆)
    【2008.01.07 Monday 01:38】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(8) | trackbacks(0) |
    安須森御嶽 沖縄最高聖地
    沖縄の最高聖地はどこだ!?

    斎場御嶽(せーふぁーうたき)だあ〜?

    違うっ!!!
    安須森御嶽(あすむいうたき)だ!!


    というわけで、久々更新の今日は、先月行った安須森御嶽を紹介します。


    御嶽とは沖縄独自の聖地。
    本土のいたるところに寺社があるように、沖縄のあちこちで御嶽が見られます。
    中でも有名なのが斎場御嶽。
    琉球王国において重要祭祀が営まれたこの御嶽、世界遺産に指定されたこともあいまって知名度は抜群。
    以前このブログでも紹介しましたがとても素晴らしい聖地です。

    しかししか〜し!安須森御嶽の存在感は斎場御嶽でさえかすんでしまう!
    沖縄にこんな場があったなんて!!!

    ・・・

    個人的好みだけで「安須森最高!」と言っているようですが、あながちオーバーではありません。
    琉球王国時代の文献にも「安須森が御嶽のNo.1」ともとれる記述は見られるのです。


    さて、沖縄本島最北端に位置する安須森御嶽の旅。
    今回もたくまの巻き添えをくったのは日本代表さん。
    「最北端なんて小学校以来行っていない」
    という日本代表さんに
    「沖縄人としてどうよ」
    とお誘いしました。
    ご同行感謝♪


    沖縄の大動脈国道58号線をひたすら北上。
    途中、神社でいう磐座(いわくら)的な岩を見かけるたびに道草。



    【信仰対象の岩1】



    【信仰対象の岩2】

    目的地到着前から大興奮のたくま。
    呆れ顔の日本代表さん。

    特にトラブルもなく本島最北端の辺戸岬に到着。


    【辺戸岬】


    目指すはあの山、安須森御嶽!


    【辺戸岬からみた安須森御嶽】


    と、そのとき

    「なにあれ?」

    なにか気になるものを見つけたのか、不思議そうな声でたずねてくる日本代表さん。
    その視線の先にあったものは、なんとヤンバルクイナ!・・・の展望台。


    【ヤンバルクイナの展望台】

    明らかに違和感漂う森の展望台。
    ヤンバルクイナの生息地だからといって、なんと安易な。
    景観とのバランスもなにもあったものではない(--;

    言葉を失いしばし展望台を展望する二人。

    たく「・・・行ってみる?」

    日本「・・・いや、いい」



    安須森御嶽に向かう前に、北部は久しぶりと言う日本代表さんのために、まずは軽く北部観光。
    日本代表さんの目が輝きを宿したのは義本王の墓に行ったときだった。


    【義本王の墓】


    義本(ぎほん)とは元琉球国王。
    英祖(えいそ)に王位を奪われ北部に逃れ、没した後ココに葬られたという。
    (ただし、義本王の墓と伝承される墓は他にもいくつかある)

    ひとしきり墓を見学し次に移動しようとすると、突然、日本代表さんが墓横の薮に分け入った。
    いわく、

    「あ、墓だ」

    後を追い見てみると、そこは琉球石灰岩の瓦礫。
    日本代表さんが墓と断定したのは、沖縄独特の厨子甕(ずしがめ)という骨壷の破片が混ざっていたからだ。
    そして、あたりよく見ると、なんと、瓦礫の中に人骨まで散らばっているではないか。

    「あ、大腿骨♪ あっ、上腕骨♪ 骨がいっぱ〜い♪♪♪」


    【厨子甕の破片と人骨】


    厨子甕&骨マニアの日本代表さん、ココに来てまさかのハイテンション。
    妙なやつだ。

    日「たく!腓骨踏まない!」

    た「は〜い(--;)」

    それにしても、観光客も普通に訪れるこんな場所に人骨が散乱してる国頭村ってどうよ(--;


    二人のテンションがいい感じで上がってきたところでいよいよ安須森御嶽へ。
    登山口に行こうにも観光客向けの地図があるような場所ではない。
    が、そこは全国の史跡を制覇してきたたくま、経験に培われた勘でたやすく登山口を発見する。

    日「すごい(--;」

    た「登山口を見つける早さに人間の要領の良さがあらわれるよね」

    日「はいはい」

    た「ワタシ、テンサイ」

    日「うるさい」


    安須森御嶽一帯の山は、別名黄金山(くがにやま)とも呼ばれている。
    黄金山は、登山口から早くも琉球最高聖地の貫禄をにじませていた。


    【黄金山登山口】


    本土では、岩がゴツゴツとむき出した山にはよく寺社が創建されていたりするが、黄金山はそれとよく似た地形になっている。
    登っていると本土の聖地に来ているかのような錯覚を覚えるほどだ。


    【山道】


    山の中腹に差し掛かったころ、大きな横穴が姿を現した。


    【横穴】


    やはりというか当然というか、横穴にはちょっとした祠がおかれていた。


    【横穴内部の祠】


    30分弱ほど歩きついに山頂に到達。
    そこで目にした光景は、まさに神の頂に相応しい荘厳なものであった。


    【山頂から見た海】



    【山頂から見た森】



    【山頂から見た安須森御嶽全景】


    想像を超えたあまりの自然の偉大さに、ただただ立ち尽くす二人。
    いったい沖縄に住むどれほどの人が、この沖縄の神に出会ったことがあるのだろう。

    しばらく互いに言葉も交わさず、深く、深く、呼吸をした。
    まるで自然との融合を図るように。
    日本代表さんの静かな横顔は、沖縄に生まれ育ったことへの深い喜びを隠さず物語っていた。


    そうこうしている内に日は少しづつ傾き始めていた。
    下山しようとするたくまに、日本代表さんは、安須森御嶽の他の峰への登頂を進言してきた。

    「う〜ん(--;」

    やや躊躇する遭難経験ありのたくま。
    引き返すタイミングはたくまに一任ということで、別の峰を目指すことに。
    しかし、それほど大きな山ではないので、案外とたやすく登頂を果たした。

    そこの地形のこれまたすごいこと。


    【切り立った岩】


    安須森御嶽を一通り楽しみ満足の下山。
    の、はずだったが、最後の最後でたくまに恐怖が襲い掛かる。

    日本代表さんの前を歩いていたたくまの目に、何か動くものが!
    いち早く気付きとっさに歩みを止めるたくま。

    日「どしたの?」

    た「・・・あれ、やばい色じゃない?」

    現れたのは、足元の岩の隙間に体を突っ込んでいる蛇だった。
    しかも、そいつは、模様からしてハブ!?

    た「あれやばい色じゃない?やばい色よな!?」

    日「そう?」

    蛇に近づき確認し始める日本代表さん。

    た「ちょっ、ちょっ、危ないって!近寄りすぎ」

    日「近寄らないと見えないさぁ」

    た「危ないから!・・・どう?やばい色じゃない?」

    日「ああ、これはやばいね。ほんとよく見つけたね。てか、たく焦りすぎ」

    た「日本代表さんは蛇怖くないの?」

    日「いや、ぜんぜん」

    (この野育ちの田舎者め(--;)

    日「とにかく行こう」

    そう言うとハブをひょいっと軽く跳び越えていく日本代表さん。
    続いて、助走をつけ本気の大ジャンプをみせるたくま。
    着地は当然失敗。2mほど岩から滑り落ちる。

    日「・・・ハブを跳び越える速さに人間の器がでるよね」

    た「うるさい!・・・あ、しまった」

    日「どしたの?」

    た「遠くからズームで写真撮っとけばよかった。なんで思いつかなかったんだろ」

    日「タク、テンサイ」

    た「ムキッ!!」


    こうして、たくまの脳内から安須森御嶽の絶景の記憶は一掃され、道々で見かける「ハブ酒」の看板にトラウマをくすぶられながらの帰路となったのである。
    北部の自然はあなおそろしや。
    【2007.11.28 Wednesday 02:35】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(12) | trackbacks(1) |
    ビックリ不動産よ 永遠に (後編)


    た「こんにちは〜」


    ビッグ開発の事務所を訪ねると従業員は五人。
    内二人は接客中、もう三人はデスクで事務作業をしていた。
    後者三人の内、一人の女性は奥の偉い人デスクで作業中。
    たくまが初めて事務所に苦情の電話を入れたときに高圧的に説明してきた人かも知れない。

    後の二人は三十代中頃のお姉さんと新入社員らしきお兄さん。
    たくまがカウンターに近付くとお姉さんの方が応対した。


    た「すいません」

    姉2「いらっしゃいませ」

    声からして電話で話したお姉さんではない。


    た「あの、契約書を取りに来たんですが」

    姉2「はい。アパート名を教えてください」

    た「浦添市」

    姉2「はいはい」

    た「仲西」

    姉2「はい」

    た「○○アパートの」

    姉2「…はい」

    た「武部です」

    姉2「………」


    事務所に緊張が走る。

    なんだ、この不愉快なプレッシャーは(--;


    名乗るや否や、黙りこんでしまう姉2。

    最後まで「はい」って言えや


    仕事の手を止め、奥から上目使いにこちらをうかがう上司。

    感じ悪いから


    ぼーっとつっ立ってたくまの顔をじっと見る新入社員。

    口開いてんぞ


    接客中の二人は目の前の客から一瞬目を離したくまを確認する。
    が、目は合わせない。

    こいつら〜(--;)
    わしゃ珍獣かっ!!?



    「…少々お待ちください」

    契約書の入った封筒を取りに行く姉2。
    しかし、封筒をたくまに手渡しに来たのは新人くんだった。
    姉2はそばで見守っている。
    どうやらたくま相手に研修を始めたようだ。

    これだけクレームつけてきた相手によくやる(--;)


    「こちらが契約書です」

    封筒から取りだし形だけの説明を始める新人くん。

    「こちらが家主さんの領収書です」

    それだけ言うと、新人くんはさっさと封筒にしまおうとした。

    変更があったとこくらい説明があってしかるべきだろ(--#


    「ちょっと!見せてください」

    半分封筒に入りかかった契約書の閲覧を要求するたくま。
    説明が一切なかったので、どこが修正されているのか1ページ目からじっくり探していく。

    その間、新人、姉2は黙って見ているだけ。
    奥の上司も知らんぷり。

    この無能共が〜〜〜!!(--#


    それにしても、事務所に来てから、契約書ができたという連絡を忘れていたことに関してただの一度も謝罪がない。
    怒りを通り越して嫌悪感がこみあげてくる。

    もうこいつら顔を見るのもうんざりだ。

    契約書の修正箇所を確認し、早々に立ち去ろうとするたくま。


    事務所をでる間際、驚くほどバカでかい声で挨拶する新人くん。

    「あーがとーござーましたっっっ!!!」

    ココはガソスタか(--;)
    どうせなら
    「すいませんでした!」
    と言いなさい。


    いつまでもかわりばえしないビックリ不動産であった。
    【2007.07.11 Wednesday 23:07】 author : たくま
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    ビックリ不動産よ 永遠に (前編)
    不本意にも大変反響があったビックリ不動産シリーズ。
    とある友人は
    「ブログってこんなにおもれえもんなんじゃ」
    と、自らブログを始める始末。

    こっちは笑いごとじゃないっちゅうに(--;

    ビックリ不動産シリーズは、このブログが「旅日記」であることを忘れてしまうのに十分なインパクトがあったようだ。


    本日、また、新たに、ビックリ不動産ネタを更新することができるのを幸いに思う





    訳がない。




    沖縄で新居に入ってから一ヶ月半も経とうかという6月過ぎ、入居の契約書はいまだたくまの手元には届いていなかった。


    例の不動産ビッグ開発との契約の流れは、まず、借り主が、不動産に仲介料、家主に礼金及び当月分の家賃を支払い、契約書二冊にサイン。
    契約書は一旦保証人の手にわたる。
    保証人のサインが入った契約書は次に家主の元に行き、家主がサインして完成。
    二冊の内一冊は不動産から借り主に直接手渡されるという段取りだ。


    が、しかし、一ヶ月半も経つというのに、いまだ不動産からの連絡はなかった。
    たくまの場合、以前の記事で紹介したように、支払い金額に変更が出たので、契約書記載の額面を修正してから連絡するとのことだったのだが…


    ビッグ開発のこれまでの仕事っぷりから忘れられている予感がバシバシするたくま。
    向こうから連絡があるというのでこちらから確認をする機会もなかなかなかったのだが、ちょうど給湯機の調子が悪くなったので、契約書のことも含めて電話することにした。


    その前に、保証人になってもらった実家の父に一応電話確認。


    た「もしもし」

    父「どしたんな」

    た「もう保証人のサインして契約書は送ってくれとるよな?」

    父「何の話ししょんな?」

    た「ん、俺ん家の契約書の話し」

    父「そんなんとっくじゃ。まだこんのんか?」

    た「うん。不動産から連絡こんのよ」

    父「なんならそりゃ(笑)」


    やはりビッグ開発が忘れている公算がでかい。
    とにかくも不動産に電話する。


    ぷるるる

    ぷるるる

    ガチャっ

    「はい。ビッグ開発浦添支店、○○です。」


    電話に出たお姉さんは、たくまが鍵を渡されて部屋に入ったところまだ改装中で苦情の電話を入れたときに応対した人だった。


    た「もしもし。○○アパートの武部と申しますが。」

    姉「はい」

    た「実はちょっと給湯機の調子が悪いのですが、これは家主さんに直接言った方がいいですかね?」

    たくまのアパートは部屋の改装から家賃の回収まで、管理はすべて家主が行っている。
    (たくまの入居が遅れたのも実はこのことが起因しているのだが)
    よって、設備の不具合に関しては家主に言った方がいいのかを確認したのだ。

    姉「そうですね。直接言っていただいた方が早く直せるかも知れません」

    た「わかりました」


    仲介料を返してもらっているたくま、わざわざ不動産に頼む必要もない。
    給湯機の話しはこれですませていよいよ本題に入る。


    た「ところで、契約書はまだできてませんか?」

    姉「え…まだお渡ししていませんか?」

    やはりこれだ

    た「まだですね」

    姉「すいません。ちょっと確認しますので少々お待ちください」



    姉「お待たせしました。武部さん、すいません。紛れてこちらにありました」

    た「今度は誰のミスですか?」

    姉「すいません。私のミスです。申し訳ございませんでした」


    考えられないミスではあるが、潔い誠意のこもったお姉さんの謝罪にそれ以上責めるのはやめた。


    た「契約書、もう受け取ることはできるんですよね?」

    姉「はい。大丈夫です。…あの〜、…武部さん、お部屋のドアに郵便受けはございますか?」


    契約書は、本来、借り主が不動産の事務所に直接取りに行くことになっていたのだが、これ以上たくまの手をわずらわせないようお姉さんが配慮してくれたのはすぐにわかった。
    しかし、たくまのドアには郵便受けはない。
    というか、郵便受けのないタイプのドアに新しく取りかえるために入居を遅らされた経緯があった。

    ちょっとばかし

    (何を言っとんじゃ)

    とも思ったが、こんなとこでごねても仕方がない。


    た「ドアに郵便受けないですね。大丈夫ですよ。自分が取りに行きますから」

    姉「そうですか?すいません。それではお願いいたします」


    こちらから契約書を取りに行くのは何も善意からだけではない。
    契約書の変更された部分を説明されないまま郵便受けに入れられることを避けたかったからだ。


    た「それでは月曜日におうかがいします」

    姉「あ、武部さん、その際に預り書をお忘れなくお持ちください」

    た「…預り書?」

    姉「契約時にお渡ししたものです」


    預り書とは、契約時に、家主に支払うべき礼金と当月分の家賃を不動産に預けた証明として渡されるものだ。
    本来であれば、契約書を受け取る際、その預り書と家主からの領収書を交換することになっていた。

    しかし、家主から家賃を返してもらったたくまは、当然、額面の違う預り書はすでに不動産の担当に返していた。


    た「預り書はもうお返ししましたよ」

    姉「え?…それは…」

    事態がのみこめないお姉さん、たくまに質問してこようとする。
    もううんざりだ。

    た「担当に確認しなさい」

    思わず子供をたしなめるような口調になってしまう。


    姉「わかりました。それでは月曜日、お待ちしております」


    そして、月曜日、ビッグ開発との関わりはこれが最後になるよう祈りつつ事務所を訪ねたのであった。
    【2007.07.07 Saturday 17:14】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(7) | trackbacks(0) |
    こんなのがいても日本なんです
    こんな恐竜みたいなのいても日本なんです。

    070702_1358~001.jpg

    この生物の名はキノボリトカゲ。
    沖縄ではそれほど珍しいやつではありません。

    こいつとアフリカマイマイを見たとき、私は、沖縄が日本でないことを確信しました。

    でも日本です。
    【2007.07.03 Tuesday 14:00】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(11) | trackbacks(0) |
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