日本各地を旅する男のブログ
 

旅する男たくまの旅の記録

現在地は、すでに訪れ た土地は、全ての 予定を完了した土地をで示していきます。

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【2013.10.11 Friday 】 author : スポンサードリンク
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コンクリート船 武智丸


このブログが開設されてから、はや3年2ヶ月。
本更新で、555件めの記事になります。
ちりも積もればなんとやらですね。
最近はめったに更新することもありませんが、
それにも関わらず、毎日多くのアクセスを頂いているようで、
ほんとうにありがたい限りです。
旅ネタはまだ尽きていないので、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです(^^)


さて、今日はちょっとかわったものをご紹介します。
広島県安浦町の港で見られる、武智丸です。
何がかわっているのかというと、武智丸はなんと、コンクリートで造られた船なのです。

この船の来歴は戦時中に遡ります。
船を建造するのがままならない鋼材不足を補うため、
林邦雄という日本海軍技術中佐が設計したのがコンクリート船でした。
これが採択され、大阪府土木会社の武智昭次郎によって、
高砂市の造船所で建造されたのが武智丸です。

コンクリート製なんて、例え航行可能だったとしても、
かなりもろかったのではないでしょうか。
敵に出会えばひとたまりもなかったことでしょう。

しかし、日本海軍が苦し紛れに設計したこのコンクリート船は4隻建造され、
なんと南方にも航海したというから驚きです。


下が武智丸の写真です。


【武智丸遠景】

ん?どれが船?

と一瞬思ってしまいましたが、よくよくみると、
写真中央に二隻の船が並んでいました。


【武智丸近景1】


【武智丸近景2】

まるで防波堤のごとく並んでいる2隻。
じつは、現在の武智丸は、本当に防波堤として活用されているのです。
なんでも、安浦の港には防波堤が無く、台風の度に被害をこうむっていたので、
昭和22年、大阪に停泊していた武智丸を持ってきてこの場所に沈めたのがはじめだとか。

波を防がなければならないので、当然沈められ固定されているのですが、
船の形をはっきりと残しています。


【武智丸の船首】


【武智丸の船上】

外観のみでなく、内部もそれなりに船の様相です。


【武智丸内部1】


【武智丸内部2】


この武智丸は、実はかなりマニアックな遺物らしく、
防大出身のたくまの親友でさえ
「コンクリート船の存在なんて初めて聞いた!」
そうです。

世にも珍しいコンクリート船、なにかしらの文化財指定でも受けているのかと思ったのですが、
その管理には広島県竹原土木事務所が関わっているようです。
完全に防波堤として扱われているということなのでしょうか?

なんにしろ、今となっては戦時中の日本を知る貴重な資料です。
大事に保存されるといいですね。

【2008.10.25 Saturday 00:41】 author : たくま
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福山城跡 別世界の隣人

福山城跡は広島県福山市に所在し、現在のJR福山駅に隣接しています。
福山城は秀吉の忠臣として名高い福島正則の居城でしたが、福島は幕府によって改易され、
代わって水野勝成が入封しました。


【福山城内の水野勝成像】

水野は、幕府の許可と援助を得て福山城を立派に整備しました。
二重の堀で囲まれ、五層の天守と三重櫓(やぐら)七棟を備え、各櫓が多聞櫓で結ばれた壮大なその造りは、
一国一城制以後に建てられた城郭としては破格の規模だったそうです。
しかし、現在は、内外全ての堀が埋められ、天守を含むほとんどの建造物も失われてしまいました。

現在、城跡内には外観復元(外からの見た目だけ復元)された天守がその威容を誇っています。


【復元天守1】

う〜む。


【復元天守2】

見事に、


【復元天守3】

復元したものだ。


しかし、福山城跡一番の見所はこの天守ではありません。
なんといっても、筋金御門(すじがねごもん)と伏見櫓(ふしみやぐら)でしょう。
隣接して建つ両者は城内で唯一現在まで生き残っているオリジナルの建築で、
国の重要文化財に指定されています。


【筋金御門】


【伏見櫓】

これらは、水野勝成が福山城の整備を終えた1622年から現在まで、
ほとんど姿を変えることなく残っているというのですから驚きです。


ところで、筋金御門と伏見櫓は、古さ以外にも非常に重要な歴史的価値を有しています。
それは、両者が、京都の伏見城から移築されたものであるということです。

伏見城は豊臣秀吉や徳川家康なども深く関わった城として有名で、
一大拠点として機能していました。
別名を桃山城といい、よく言う「安土・桃山時代」の「桃山」は伏見城を指しています。
これほど重要な城だったにも関わらず、伏見城は、1625年に廃城となったため、
往時の姿を知るのは容易なことではありません。

そうした状況の中、現存する福山城跡の筋金御門と伏見櫓は、
当時の伏見城を知るためにも非常に重要な建築なのです。



さて、たくまがその彼に出会ったのは、筋金御門をくぐり伏見櫓をじっくり堪能し、
ほくほく顔で城壁沿いの階段から帰路に着こうしたときです。
細い道路を挟んで隣接する福山駅のホームを、
なにやらニヤニヤと観察している人がいるではありませんか。



折りよくホームに電車が入ってきて、それをみつめる彼の顔は喜色満面。

本物だ!本物の電車マニアだ!
めっちゃ嬉しそう!

初めてみるマニアへの衝撃を表に出さぬよう、すまし顔で彼の横を通り抜けるたくま。
しかし、彼の目には、愛する電車以外のものが映ろうはずもなかった。

・・・

わからん。

城跡を出て歩きながら考えこむ。

俺にはわからん。
人目をはばからず、あれほどまでに好きな物に没頭できるものなのか。

まるで別世界の住人に思いを馳せているさなか、ふと史跡を巡っている自分の姿が脳裏をよぎる。
頭の中で再現された、重要文化財を見つめるたくまの顔は・・・

笑っていた。

あぅ(--;

別世界の住人は、隣人だった。


マニアの側に立ち、にわかにたくまの胸に怒りがこみ上げてくる。

笑顔で史跡(公園)を巡っているだけなのに、
誰にも迷惑かけていないのに、
冷たい目でみられたり、子供に逃げられたり、外人に取り囲まれたり、(過去記事参照)

お前ら!マニアをなんだと思ってんだ!
マニアだって人間だぞ!生きているんだ!!

福山城跡で、電車マニアとの友情を(勝手に)育んだたくま。
彼よりも自分の方が怪しいという可能性は微塵も考えないのであった。

【2008.10.08 Wednesday 18:31】 author : たくま
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松陰神社 祀られる幕末の偉人


「幕末に活躍した人物で、誰が好きですか?」

このように質問したとき、長州の偉人、吉田松陰をあげる人も多いでしょう。
本日紹介するのは、その松陰が祀られる山口県萩市の松陰神社です。


【松陰神社鳥居】

たくまが松陰神社を詣でたときは折り悪く雨天。
しかし、その雨が打ち水のように辺りを湿らし、清潔な境内がかえって美しく映えていました。


【松陰神社境内】


さて、吉田松陰は、山口県萩市、かつての長州藩に生まれた思想家です。
彼の思想の特徴は、天皇を中心とした国家体制を理想とするものであり、
当時の幕藩体制を否定する過激なものでした。
幕府に目を付けられた松陰は、安政6年(1859年)、危険分子として処刑されました。
享年30歳でした。


【松陰神社拝殿】


松陰は有能な教育者としても有名です。
久坂玄瑞、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、山県有朋など、
長州、日本を代表する傑物が彼に師事しました。
そして、その弟子の多くは、松下村塾という私塾で教えを受けました。


【松下村塾1】


現在、その松下村塾は、松陰神社の境内に建っています。
というより、松陰神社が松下村塾の近くに建立されました。


【松下村塾2】

名立たる幕末の志士がココで自己研鑽に励んでいたんですね。

さて、松陰神社が松下村塾の近くに建立されたということは、当然、
松陰神社の由来はそう古くはありません。

松陰神社の前身は、松陰の死後、身内が造った土蔵の祠。
それが、明治40年(1907年)、松下村塾門下生だった伊藤博文らの働きで
公の神社に認定され、松陰神社として現在地に建立されたのです。


ところで、明治に新しくできた神社は、ほとんどがある趣旨に沿って建立されています。
その趣旨とは、旧幕府を否定し、明治新政府を肯定するというものです。
例えば、後醍醐天皇やその配下を祭神にした神社が明治時代に多く建立されていますが、
これも上の趣旨にのっとっていました。

具体的にどういうことかと言うと、
後醍醐天皇は、鎌倉幕府を倒し、政権を武家から天皇の元に取り戻した人物です。
足利尊氏の反乱によって政権はまた武家に移ってしまいますが、
一時とはいえ、後醍醐天皇による天皇親政が実現したわけです。
明治新政府は、後醍醐天皇やその配下の業績を自らの姿と重ね合わせました。

「天皇親政(後醍醐天皇=明治新政府)v.s武家政権(足利尊氏=江戸幕府)」

という図式です。
つまり、後醍醐天皇を善、足利尊氏を悪と評価することで、
江戸幕府を倒した明治新政府を正当化しようとしたのです。
後醍醐天皇やその忠実な配下を祭神とした神社は、
まさにその正当化論理を背景に建立されたのです。


じつは、松陰神社も、そうした論理で建立された典型的な神社です。
先にも言ったように、吉田松陰の思想は天皇を中心とした国家体制を理想とし
幕藩体制を否定するものだったので、彼の知名度もあいまって、
祭神として祀られることになったのです。


こうした神社の状況も、すでに100年も前のこと。
「へ〜、そんなことがあったんだ」
と、遠い昔の話を聞いているような気になります。

しかし、100年前の政策が、現代の私たちの価値観に、
いまだに深く根付いているのではないかと思います。
例えば、この記事の冒頭で、

「幕末に活躍した人物で、誰が好きですか?」

と書きましたが、この一文をなんの違和感もなく読む人も多いのではないでしょうか?
しかし、この質問は、実は非常に主観的です。
幕末の有名人が「好き」であることを前提に話を進めているからです。

世界で最も戦争を憎んでいるであろう日本人として、当然、
幕末から明治初期に起こった様々な戦いを悲しい事件であったと考える人は多いでしょう。
しかし、その割には、「薩長は多くの日本人を無駄に死に至らしめたひどいやつらだ」
といった言説はまったく耳にしないのではないでしょうか。

別にたくま自身が薩長を憎んでいるわけでありません。
しかし、「誰が好き?」という質問が違和感なく聞こえてしまうほど、
薩長の評価は善に偏っているように思うのです。


なぜ明治政府の批判はほとんどなされないのか?
個人的には、神社の建立などを通じて明治新政府を正当化した論理が、
無意識に私たちの中に受け継がれてきているような気がしてなりません。

受け継がれているのは良いことなのか悪いことなのか?

明治から続いてきた「日本」という国の一員として、今を生きる日本人として、
悪いとばかり評価する必要もないとは思いますが、
今の日本は、明治政府の攻撃を受けた東北の人々、
侵略され尊厳を失ったアイヌ、琉球人、
彼らの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならないと思います。

幕末の偉人を無批判に英雄化しない。

「日本」を知ろうとしたとき、これはとても重要な姿勢だと思います。

【2008.09.29 Monday 18:15】 author : たくま
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土井ヶ浜遺跡 人が人を見るとき

山口県西部の下関市豊北町、その海にほど近い砂丘上に土井ヶ浜遺跡はあります。
この遺跡に何が眠っていたかというと、数百人に上る“人”です。
そう、土井ヶ浜遺跡は、弥生時代に営まれた集団墓地なのです。

これまで、11次にわたる発掘調査で、300体余のほぼ完全な弥生人骨が確認されたそうです。
「300体余」と言われても、それが多いのか少ないのかピンとこない方もいらっしゃるかも知れませんが、はっきり言ってめちゃくちゃ多いです。
弥生時代の人骨が残っていること自体がすごいです。

発見された弥生人骨の総数を全国的にみたとき、実は、
その9割は山口県西部と九州に集中しています。
これは、その他の地域に弥生人がいなかったという訳ではなく、
乾燥した砂丘や砂に混じった貝粉などのおかげで
九州・山口西部の人骨の保存状態が非常によかったことによります。

一般常識とも言える面長な弥生人の形質的特徴は、実は、直接的にはこの一部の地域の骨を
情報源にしているだけだと考えると、なんだか不思議な気もします。


さて、現在遺跡には、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムなるものが建っています。


【土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム】


このミュージアム前の原っぱ一帯は遺跡であり、その一角に、
弥生時代の遺構を保護しつつ見学できるようにするための覆屋が設けられています。
遺跡の景観を守るために、屋根の上には砂をかぶせてあります。


【覆屋】


この覆屋の中の遺構(墓)に、弥生人骨のレプリカが発見当初の形で安置されています。
かなりリアルです。


【覆屋内部】


さて、土井ヶ浜遺跡の大きな特徴のひとつは、その葬法のバラエティ。
弥生時代の人々がいろんな葬られ方をしていました。


【8ヶ月の胎児と共に葬られた女性】



【胎児】



【再葬された人たち】


再葬とは、一度遺体を葬り、白骨化して後、再び葬り直すことです。
一度葬ったきりだと骨は頭から足までつながった状態ででてきますが、
頭だけ集められているこれらは、意図的に再葬されたことを物語っています。


【並んで葬られた人たち】



【石を並べて造った箱型石棺に葬られた人】



【生前に抜歯をしていた人】


これらの人たちはほんの一部。
他にも、多くの人たちが、様々な方法で葬られてたようです。


ところで、みなさんはこれらの人骨を見てどのように感じるでしょうか?
おそらく「骨なんて見るだけで怖い」という人も多いと思います。

しかし、もしもその骨が不特定な人のものではなく、かなり身近な肉親のものであったならばどうでしょう?
きっと、「怖い」とはまったく別の感情がわきおこってくることでしょう。

肉親のものであろうと見知らぬ人のものであろうと、骨は骨。
特別な違いがあるはずはありません。
なのに、それを見たときに抱く感情の違いはなにゆえ生じるのでしょうか?


ひとつ言えるのは、骨を見たときの感想は、その人の主観にゆだねられるということです。
骨を骨とみるのか、命のあった誰かと見るのか。

人骨が元人間であったことはまちがいありません。
しかし、骨という“物”に人間を見出せるかどうかは、みる人の考え次第だと思うのです。

おそらく、人骨の研究は、ひとつひとつの骨に“個人”を見出そうとするのが前提になっているのだと思います。
また、お墓の研究は、骨になった人だけでなく、その人を葬った人々の想いを読みとろうということなのでしょう。

そう考えると、胎児と共に葬られた女性、並び埋められた人たち、箱式石棺に葬られた人。
まるで亡くなった人とそれを葬った人たちの息吹が聞こえるようではありませんか。


さて、こうした視点は、きっと骨に対してだけではないんでしょうね。
生きている人間に対しても、同じようなことが言えるんだと思います。
骨を“物”と思うように、個人の存在を軽視すれば、そこに差別が生まれます。
逆に、過大に評価すれば、ひとりの人間を神にさえ思ってしまう。

自分にとって周りの人や社会はどういう存在なのか?
それを知るには、自分自身がどのような主観をもって周りを見ているのかを知る必要があります。
なにごともまずは自己分析から始まる。
個人的にはそう思っています。

【2008.09.24 Wednesday 17:27】 author : たくま
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イヴの八重垣神社
いまさらながらイヴの日の話をします。
だって〜、当日にしたらめちゃくちゃ意識してるみたいじゃないですか。
ていうか、たくまにとって24日はM−1の日であって、本当にイヴという感覚はまったくなかったのですが(^^;)



【八重垣神社鳥居】

みなさん、ヤマタノオロチはご存知でしょう。
日本の神話に出てくる8頭の大蛇です。
スサノオノミコトがヤマタノオロチに酒を飲ませて退治し、生にえにされそうだった女性神を助ける話は有名です。
このとき助けられた女性神こそ櫛稲田姫(くしなだひめ)。
スサノオは、助けた後に櫛稲田姫と結婚することを約束させるという人道外れた契約(神だからいいのか)を取り付け、オロチ退治後、姫と夫婦となります。

八重垣神社は、スサノオが姫をいったん避難させるために住まわせたと言われる地に創建されました。
ご祭神はもちろんスサノオと櫛稲田姫。


【拝殿】

八重垣神社の本殿の壁には数柱の神の姿が描かれていました。
約1100年前の作で、国の重要文化財に指定されています。


【本殿】

現在、壁画は取り外され、拝殿斜め前の宝物殿に保管されています。


【宝物殿】

壁画は、200円という良心的な金額で拝観できます。
もちろん撮影は禁止なのでここではオリジナルはお見せできませんが、境内の看板に載せられていた壁画の写真をご紹介します。


【看板の壁画写真(スサノオと櫛稲田姫)】


さて、神社の中には特定のご利益で有名なところがありますが、ココ八重垣神社は、やはりというか当然というか、縁結びで有名です。
たくまが参拝したこの日も非常にカップルが多かったです。
それがイヴのためと気づいたのは2日後のことでしたが(^^;)

そういえば、去年のイヴはアネゴーさんと熊野詣でをしていました。
あの時もカップルが多く、ハイヒールで古道をよちよち歩く女を見るにつけ、「山をなめるな 熊野をなめるな」と後ろから押してやろうと二人で悪企みしていましたが、イヴにわざわざ神社参拝してくれているのは神主としては嬉しい限りです。
(そのときもイヴであることは忘れていました。押さなくてよかった)


ところで、八重垣神社にはちょっと変わった占いが伝わっています。
本殿の裏に櫛稲田姫が鏡に使ったとされる池があるのですが、そこで、特定の占い用紙に10円か100円をのせて水に浮かべ、沈むまでの時間と沈んだ場所で良縁の有無を占うというものです。
沈む時間が早いと良縁も早く、沈んだ場所が近いと相手は身近な人、遠いと遠方の人だそうです。
いつ誰が考えたのかわかりませんが、よくできた占いです。

占いはともかく、池は信仰の対象に違いない。
八重垣神社の信仰の中心だった可能性もある。

複数のカップルに紛れて池を目指すたくま。
本殿裏にまわって見るとあらすごい。
そこには実に見事な杜が。


【八重垣神社社叢】

全国各地の寺社を参拝していると、本当に不思議なことですが、ごくたまに、足を踏み入れただけで胸がすっと軽くなり気分爽快になるところがあります。
ココ八重垣神社もそうでした。
なにかあっていたんでしょうねえ。

そして、これが件の鏡池です。


【鏡池】

池の後ろの社が何を祀っていてどこに向いているのか気になるところです。
どちらにしろ、池を含めたこの一帯が神聖な場所であるみたいです。


それにしても、上の写真でも二組のカップルが占いをしていますが、カップルで縁結びの占いしてどうするんでしょうかね?
もう結ばれてんじゃん。
もしかして訳ありカップル?
うひゃ〜、祓へ給へ清め給へ
【2006.12.28 Thursday 21:57】 author : たくま
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一時帰宅
今日で島根を終了し、岡山に帰ってまいりました。
きたるべき正月に向けて、これから体力を蓄えます。
正月明けたら、帰国中のアネゴーさんと共に東京に向かいます。

ああ、ブログの更新が九州編もまだ終わっていないのに旅はどんどん進んでいってしまう。
う〜ん・・・がんばろ
【2006.12.28 Thursday 00:27】 author : たくま
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職務質問@島根2 取り調べ時間短縮計画
どんなに広い駐車場であろうと、どれほど他に車が止まっていようと、彼らは吸い寄せられるようにたくまに向かってくる。

今日も30台くらいいる中でたくま一人ダイレクト指名。
我ながらおそるべきテンプテーション(T^T)


今日のゲストは50歳前後の二人のおじさん。
とても真面目な方々だった。

まず驚いたのは、たくまへの声のかけかた。

「すいません。島根県警の○○と言いますが…」

職務質問でまず名前を名乗る警察は初めてだ。
予想外でびっくりしたが、とても当たり前のことのような気もする。
今までの警察どもは何をしておったのじゃ(--#
次に無礼な警察に出会ったら

「まず貴様から名を名乗れ」

と言ってやろうと心に決める。


「どちらに向かわれていますか?」

職務質問は決まってドライブの目的を当たり障りなく聞くところから始まる。
それから話を膨らませていって、頃合いを見て免許の提示を求める。
免許提示までの流れをよりスムーズに持っていくのが上級者と言えよう。

しかし、それも調べる相手によりけりだ。
今日はちょっと人と話すのがめんどくさかったたくま。
取り調べをなるべく早く終らせようと

「旅をしています。もう一年半ほど全国をまわっています。神主をしていまして、歴史の勉強が目的です。今日は出雲をまわってこれから広島を抜けて実家の岡山に帰るところです。」

聞かれていないことまで説明し、求められてもいないのに免許証を差し出すたくま。

その様子に悪戯っぽい笑みを浮かべるおじさんたち。

警「もうだいぶ調べられたんですな?(笑)」

た「はい。もう10回以上は」

警「どうりで落ち着いていますな(笑)」

た「ははは(^^;)」

職務質問導入部分の削除に成功。


警「それじゃあ免許控えさせて頂きます…たけべさんでいいですか?」

た「はい」

警「たけべたくま、こりゃええ名前じゃなあ」

た「ありがとうございます(^^;)」

警「ところで、ナイフとか持ってないですか?」

た「持ってないです」

警「最近こんな時代でしょう?刺した刺されたいう事件が多いんですわ。わしらも刺されんように防護服着とるんですよ」

た「へ〜。ちょっと触っていいですか?」

おもむろにおじさんの服をベタベタ触るたくま。

た「固い。何が入ってるんですか?」

警「合金ですわ。」

た「へ〜。鎖かたびらみたいなもんですね」

警「そうそう」

やけに防護服に食い付いてしまうたくま。
せっかくの導入削除も台無しだ。


そして、今日の二人はとにかく真面目だった。

「車検証見せてください」

「運転席を見せてください」

「トランクを開けてください」

「その箱の中見ていいですか?」

「このかごの中身はなんですか?」

「助手席もいいですか?」


あ〜もうどこでも調べてくれ(--;)

たくまの職務質問時間短縮計画は失敗に終わった。


しかし、最後に警察がアタッシュケースを調べたとき、たくまの反撃ののろしは上がった。
ふたを開けるなり転がり出てくる大量の石。

「石!?なんですかこりゃ?」

予想外の収納物に一瞬疑いの目を向ける警察。

た「(ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた)
これは全国各地から集めてきた石です」

警「へえ〜」

た「これは長野県和田峠で買った黒曜石。これは鳥取県三徳山三仏寺で拾ったただの石。これは岐阜県白山の白石」

警「ああ…」

た「(まだまだ)
これは滋賀の坂本城跡の軽石、こっちは鹿児島錦江湾の浜辺にあった軽石」

警「それじゃあ…」

た「(逃がさん)
これは長崎県の滑石、これは大分石造文化を育んだ石、これは…」

警「これからも気を付けて旅を続けてください。それじゃあ」

ふふん。尻尾を巻いて逃げよったわ(--)


取り調べ時間を短くできなかった腹いせに、逆に長々と話をして警察に嫌がらせをしたたくま。
彼らが帰ったあと、ずっしりとのしかかる人疲れ感に、得たものが何もなかったことに気付くのだった。
【2006.12.27 Wednesday 18:16】 author : たくま
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出雲の歴史は重すぎる
20061223_205231.jpg

写真は、出雲玉作資料館のパンフレットのキャラクターです。
玉作とは、勾玉や菅玉などを作ることです。
出雲には大規模な玉作工房跡があるのです。

ところで、このキャラクターちょっとかわいくないですか?
「わたしがつくったまがたまです」って♪
なんとなく笑い飯の西田に似ています(笑)



はあ〜、明日のM1、ぜんっぜん間に合わなかった(T^T)
出雲すごい史跡多すぎやって(涙)

ふっ、もうなんの涙かわかんねえや(;¬_¬)

このままだと正月ぎりぎりの帰宅になってしまう。
正月は年で一番仕事がハードな日なのに、旅から帰ってすぐはさすがにヤバイ(--;)
仕方ないから広島北部は今回は諦めるか〜
ぐすん(:_;)
【2006.12.23 Saturday 21:27】 author : たくま
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島根の交通整備

年末になると道路工事が増えるのは全国共通でしょうか。
ココ島根でもあちこちで工事をしています。

ただ、多いのは年末のせいだけではないのかも知れません。
少し山に入ると土砂が崩落しているところをよく見かけます。
昨日見たこれなんか相当酷いです。

20061222_204634.jpg

中央線まで根こそぎ持っていかれてます。
早く直して島根け〜ん


ところで、道路工事と言えば交通整備は不可欠ですが、島根県の整備のレベルはひじょ〜に低いです。
車の通りが少ないからか、こっちが近付いているのに見てくれていないこともしばしば。

前もあったのが、整備員が何も指示を出さないもんで一応対抗車が来ていないのを確認してからゆっくり通ろうとすると、工事範囲に入ったところで突然整備員がビクッと動き出しました。
一瞬赤旗をちらつかせたもんで、

ええ〜いまさら?(--;)

と思ったら、それは赤と白を持ち変える動作。
持ち変えられた白が振られる頃には

俺はもう過ぎとるっちゅうに(--;)


他にも、片側一車線交互通行の道で、整備員の指示に従って対抗車が過ぎるのを待ち、ゴーサインが出たので発進すると、10mほど進んだところで反対から対抗車が姿をあらわしました。

ええ〜!?Σ( ̄ ̄;)

幸い、お互いにスピードは出していなかったので大事には至りませんでした。

結局、10mバックしてまたゴーサイン待ち。

君のその手にあるトランシーバみたいなのは新手のファッションかね?(--#



たくまは沖縄で免許を取って9年間ずっと沖縄でしか運転していませんでした。
東北、北海道に行ったときには整備員の質の高さに大変驚いたものですが、あそこが際立っていいというより、沖縄の質があまりにも悪すぎると言った方が当たっているのかも知れません。
そして、ココ島根も、沖縄に限りなく近いレベルな気がします。



のんびり、てーげー、沖縄ブームに代表されるように世間では田舎ののどかさをほめたたえる風潮がありますが、それこそ都会の人間の作り出した一方的な価値観ですよね。
のんびりしていていいことばっかりではないだろうに。

島根の整備員を見て、沖縄生活の負の思い出が記憶に蘇ったたくまでした。
【2006.12.22 Friday 22:45】 author : たくま
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職務質問@島根 犯人はどっちだ

昨日の泊まりは島根県の道の駅。
折しも朝起きて所用で日本代表さんと電話している時だった。


たくま「あ、警察きた
…げっ、めっちゃ目があった(--;)」

日本代表「ひげは剃ったの?」

たまたま昨日温泉に入っていたたくま。

た「大丈夫!バッチリです!」

日「よかった。出土人骨から再現された縄文人みたいな顔してたらそれだけで捕まっちゃいそうだからね」

「わしゃ縄文人か」とつっこむのを忘れるほどたくまのツボをついた比喩表現。
日本代表侮りがたし。

日「たくの骨だと、筋肉のつき具合からして野山を駆け回っていた狩猟民族になるんだろうな。でも頭骨は弥生系か?弥生時代初期、最後の縄文人?」

それは言い過ぎだ。
この人骨マニアめ。

そうこうしていると、たくま号の2つ隣のスペースに車を止めていたおじさんが職務質問を受けている。
なにかひどくもめている模様。

調査の手がこちらに回ってくる前に活動を開始しようと、日本代表さんに別れを告げ、布団をたたんで運転席に移ろうとしたとき、若い警察二人がたくまの方に向かってきた。

あらら、遅かった(--;)


たくま職務質問の旅【島根編】始まり。

警「ちょっと調査にご協力願えますか?」

た「いいですよ」

とは言え、俺の態度は君らの質問次第だよ。

警「ココにはずっといますか?」



なんじゃその抽象的な質問はあああぁぁ!!(--#

わざとそっけなく

「『ずっと』とは?」

と逆に聞き返すたくま。
警察はしばし考え込んで

「ココに何泊もしてますか?」

と聞き直してくる。

うむ。それならよろしい。
態度もよろしい。

「いえ、昨日初めて来ました」

にわかに態度を軟化させるたくま。
それからしばらくはいつも通りの質問。

「出身は?行き先は?職業は?」

答えはもちろん

「岡山出身旅神主」


警「じゃあ一応免許を見せてもらえますか?」

た「はい、どうぞ」

警「すいませんね、こんな早くから」

た「いえいえ、朝からご苦労さまです」

警「いやあ〜通報がありましてね」

た「え?…通報?(--;)」

警「ええ。白のボックスがずっと止まってるってね。白のボックスはお宅と隣の方しかいないものですから」

隣の方とはたくまが電話中になにやらもめていたおっさん。
車は確かに白のボックスだが、それほど怪しいわけでもない。

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【容疑車二台(左がたくま号)】

た「あ〜、じゃあたぶん自分のことでしょうね(--;)」

警「いや、ずっと止めてるって通報だったんでね、あちらの方みたいです。ずっと止めてたみたいなんで」

た「ああそうですか」

警「この時期は通報多いんですよ」

た「そうなんですか?道の駅で職務質問されるの初めてですけど?」

警「いえね、寒くなってるでしょ?そのまま車内で冷たくなってしまう人がいるんです。」

た「ああ…なるほど…はは(--;)」

そうこう話していると、もう一人の容疑者のおっさんが、突然たくまと話している警察に怒鳴りつけてきた。

お「他の県外ナンバー調べてみろってんだよ!」

警「いま人と話しとるけんちょっと待ちんさい!」

方言でキレかえし、おっさんに背を向けたくまを見る警察。

と、言われても、いまちょうどこっちも話し終えたんですけど(--;)

おっさんの怒鳴り声をBGMにしばし続く沈黙。
そして警察は

「路面凍ってるんで気を付けて運転してください」

と取ってつけたように言って去って行った。


警察が去っても興奮冷めやらぬおっさん、たくまに話しかけてきた。

「朝っぱらから腹が立つよな!?」

いや〜それほどでも

と内心思ったが、恐らくこのおっさんは取り調べに慣れていないのだろう。
ルーキーが憤る気持ちはわからんでもない。

「いや〜大変でしたね」

とベテランらしく答えるたくま。

お「俺はこんなことされるの初めてだよ!」

お、やはりルーキー

お「お前らだって痴漢したり強盗したりしてるだろ!」

彼らがしてるわけではない
普通につっこむとそうなるが、ルーキーの言い分をくみとるベテランたくま

た「調べられるこっちが向こうを信用できるわけではないですよね」

お「ほんとだよ!俺は札幌の警察部長だって知り合いなんだよ!疑うんなら電話してみろってんだよ!」
(小樽から来たらしい)

その部長が痴漢の可能性も0ではない。
と思うところだが、後輩の、犯人扱いされたことを悔しく思う気持をくみとり、やぼなつっこみは入れず「うんうん」と聞く先輩たくま。

しかし、ただ優しいだけではいい先輩にはなれない。
後輩には周りが見える人間に育ってもらいたいものだ。
少しいさめの言葉をかける。

た「でも、なんか通報があってきたみたいですよ」

お「それなら他の県外ナンバー調べろよ」

た「いやあ、白のボックスがずっと止めてるって言ってみたいですからねえ」

お「え…白のボックス?」

た「あれ?聞いてないんですか?」

お「通報があったとは言ってたけど、白のボックスは聞いてない。それならそう言えってんだよ」

それはごもっとも(^^;)

お「しかも『ずっと』ってなんだよ!?俺は南に行くときに一回、帰り道の今日の一回しか止めてないぞ!」

た「え゛(--;) そうなんですか?」

お「そうだよ!二回止めただけだよ!」

警察とおっさん全然コミュニケーション取れてないじゃん。


とにかく、ココまでの情報でやっと事態が把握できた。

まず、誰かが「白のボックスがずっと止めてる」と通報した。

警察は「ずっと」の時間を確認しないまま「ずっと」止めてる白のボックス二台を取り調べた。

話の行き違いで犯人はおっさんになった。

しかし、おっさんも警察の言う「ずっと」は止めていない

この道の駅で「ずっと」止めている白のボックスは存在しない

通報した人間が強く訴えたかったのは「ずっと」ではなく怪しい「白のボックス」

真の犯人は…

お前だー!




俺だー!!(T^T)


このおっさんはたくまの二次被害にあったわけね。
かわいそうに(^^;)


それにしても





っっっどりゃあああぁぁ〜!!
どこのどいつじゃ!?
通報したんは!!?
ちょう出てけえや〜!!!



おいしいネタをありがとう(笑)
【2006.12.21 Thursday 22:17】 author : たくま
| 中国・四国 | comments(3) | trackbacks(0) |
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