日本各地を旅する男のブログ
 

旅する男たくまの旅の記録

現在地は、すでに訪れ た土地は、全ての 予定を完了した土地をで示していきます。

スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
【2009.10.09 Friday 】 author : スポンサードリンク
| - | - | - |
近畿制覇ー!!
今日近畿を終わらせて岡山に戻って参りました。

地図を見てみると、な、な、な、ぬわぁ〜んとー!!
もうすぐ本土が終わるではにゃいかー!?

信じられん。
夢でも、見て、いるので、あろうか。
【2007.03.22 Thursday 02:53】 author : たくま
| 近畿 | comments(7) | trackbacks(1) |
こんなガソスタ初めて

今日、奈良を制覇しました。
京都もあと少しですがそれはひとまずおいといて、今大阪に来ております。
今晩はまた日下部氏のお宅にお邪魔させていただくことになりました。
日下部大好き♪


ところで、今日はちょっとかわったガソリンスタンドに入りました。
京都府の南端、奈良県と隣接する木津というところで見付けたガソスタです。

20070315_252980.JPG
【木津のガソリンスタンド】

田舎にありがちな車2台がやっと入る程度の小さなところ。
値段の表示もありません。
なるべく安いところを探したかったのですが、この木津でちょうどエンプティになってしまい、他にスタンドも見付からず仕方なくココに入りました。


給油機の横に車を止めエンジンを切ると、事務所内ではおじいちゃんおばあちゃんが集まって談笑中。

お〜い、お客さんだよ(--;)

たくまの心の声がやっと届いたのか、一人のおじいちゃんが出てきました。


お「なんぼ入れる?」

た「単価いくらですかね?」

お「120円」

おっ!この辺りで一番安いやん!

た「じゃあ満タンで♪」

お「満タンね」


ガソリンを入れ始めたおじいさん。
しかし、なぜか何度も止めながらゆっくり入れています。

なにやってんだ?(--;)

給油を止める度におじいちゃんが確認する給油量のメーター。

まさか…


そのメーターが見事30.00リットル丁度になったとき、おじいちゃんの仕事は終わりました。

お「はい、おおきに。3600え〜ん」


こんな給油見たことない!(笑)
【2007.03.15 Thursday 19:31】 author : たくま
| 近畿 | comments(4) | trackbacks(0) |
磐座 狛坂寺磨崖仏
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。
(『神道事典』参照)


長々しく続けてきた滋賀、京都の磐座シリーズ。
たくまの旅のペースに追い付かないので、これで最終回にしたいと思います。
最後にお届けするのは、滋賀県の狛坂寺(こまさかでら)です。



滋賀県は琵琶湖を中心に、四方を山に囲まれた地域である。
南西には延暦寺のある比叡山、東には近江富士の名で知られる三上山など、全国的に有名な霊山も数多い。

これらより知名度は少し落ちるが、東南には金勝山(こんしょうざん)がそびえている。
山頂付近の金勝寺という寺院を中心に、周りの山々を含めて一帯が聖域として栄えた歴史を持つ。

金勝山は女人禁制の霊山だったため、金勝寺までお参りに行けない女たちのために、少しはなれた山中に創建されたのが狛坂寺だ。

狛坂寺は明治の神仏分離の影響で廃寺となってしまい、今は建築物は一切残っていない。
しかし、奈良時代に自然の岩石に彫りこまれた仏(磨崖仏)が、今なお当時の姿を遺しているという。

「その岩こそ古来の磐座であったに違いない!」(たくま説)


狛坂寺へ行くには例によって山道を通らなければならない。
いくつかのルートがあるが、たくまは金勝寺方面から向かうルートを選択した。

どこぞの山での経験から、ペットボトルを満タン補給するたくま。
中身はもちろん、自作の酸っぱい麦茶。

服は、比較的ソルトラインのつきにくい真っ青なラガーシャツ。

この日は他にも人が通っていたので必要なさそうだったが、一応手にするクモの巣破壊用の棒。

いつのまにかたくまオリジナルの登山スタイルができあがっていることに

「俺なんの旅してんだっけ?(--;)」

と、一瞬考えこんでしまう。

「…そうそう、磨崖仏よ。文化財よ文化財。」

目的を再確認し、いざ出発。


昔は困難を極めたであろう金勝寺〜狛坂寺ルート。
今はハイキングコースとして整備され、初心者向けの快適な道ができている。

とはいえさすがの霊山。
木に覆われてはっきり確認はできないが、道の脇はまちがいなく段崖絶壁。
コースを外れて遊んでいると命の保証はないだろう。

狛坂寺までどのくらいかかるのか見当もつかないが、天候もよく準備万端だったので精神的余裕があるたくま。

「待ってろよ狛坂寺!」

意気込みをあらわにしガシガシ進む。

すると、視界が開けたところで、狛坂寺より先に待ち受けていたこの風景。

20060927_144477.jpg

「なんじゃこりゃ〜!!?Σ( ̄□ ̄;)」

沸騰する湯のごとく山上に沸き出す岩の泡ぶく。
背景の琵琶湖がその荘厳な雰囲気を一層かきたてる。
この岩ひとつひとつが全て磐座であると言われても驚きはしない。

さらにテクテクと進んでいく。
ところどころで剥き出しの巨岩に出会う。
どうやら、さっきの岩山もこのハイキングコースも、辺り一帯が岩剥き出しの山らしい。

そんな中、やはりあった、磐座を思わせる信仰対象の岩。

20060927_144479.jpg
(茶沸観音)

岩をくりぬいて小さな観音が彫られている。
これも一種の磨崖仏だが、まだ狛坂寺ではない。

一帯の山の雰囲気、道程のちょっとした岩にさえ見られる磨崖仏。

「狛坂寺の磨崖仏ってどんなやろ?」

いやがおうでも期待は膨らむ。

またしばらく進み、落ちたら間違いなく命はないであろう巨岩によじ登り、辺りを見渡す。

20060927_144480.jpg

左奥の連なった山は比叡山。
右奥の綺麗な三角の山は三上山。

こんなに手軽に来られる所にこれほどすごいところがあるとは。

「滋賀すげえ!(>_<)」


山道は次第に下っていき、女人禁制が解かれる狛坂寺へと迫っていく。
そして、ついに到達。
目の前にあるあの岩石は!?

20060927_144462.jpg
(磨崖仏)

往時はココに寺院が建ち並んでいたわけだが、廃寺になった今、これはこれでなかなか雰囲気がある。
それにしても、磨崖仏、想像以上にでかい。
縦6m、横4.5mあるらしい。

20060927_144463.jpg

これが奈良時代の彫刻とは…

「すばらしい(T^T)」



毎日毎日、ソルトラインを作りながら歩きまわった夏の滋賀の山々。
その神々しく荘厳な景観。
たくまの心を虜にした神の坐す岩たち。

今よりさらに険しかった山に神をみた古代の人々の想いは一体どんなものであっただろうか。

滋賀の山々は、歴史を学ぶために最も重要なことを教えてくれた気がする。

「この感覚をいつまでも忘れずにいたい」

そう願いつつ、たくまの滋賀の旅は一先ず幕を下ろすのであった。
【2006.09.27 Wednesday 00:39】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(1) |
磐座 松尾大社の事情
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。
(『神道事典』参照)



京都市の西端に鎮座する松尾大社。

20060920_139087.jpg
(松尾大社鳥居)

この神社は『古事記』にもその記録が残されるほど古く、かつては天皇家がもっとも重視する神社のひとつでした。

上の写真の背景に写っている山を松尾山といい、この山上に磐座が存在します。
松尾大社は渡来人である秦氏の氏神(一族の神)として発展しましたが、秦氏が来る以前から、その磐座が祭られていたと考えられています。

今日はそんな神社の話。



鳥居をくぐり少し進むと大きな楼門が出迎えてくれる。

20060920_139088.jpg
(楼門)

「うむ、でかい」

さすが、立派なものである。
楼門をくぐるとすぐ姿を現す拝殿。

20060920_139090.jpg
(拝殿)

拝殿は、書いて字のごとく、参拝者がそこから本殿の神様を拝むためにある建物だが、このランクになると下手な神社の本殿よりも立派に見えてしまう。
神様のランクという訳ではないので、小さな神社の神様に申し訳ない気もする。

拝殿に向かって左に振り向くと、なにやら妙な施設が。

20060920_139091.jpg
(「樽うらない」)

どうやらゲーム式のお守り販売の施設らしく、おもちゃの弓を射て、樽を射抜いたとき、入ったとき、外れたときとで三種のお守りを授与されるらしい。

20060920_139102.jpg

結果が良いほど豪華なお守りをもらえるみたいだが、人情としては外れた者によりご利益を授けてあげたい気もする。

「ま、それじゃゲームにならんか」

母上に、
「旅中、神社に行ったらどんなお守り売っとるか研究しておいで!」
と言いつかっているたくま。

「こいつはうちじゃ無理だ」

小さな神社は生き残りに必死なのである。

拝殿の裏にまわり、本殿の神様に拝礼をする。

20060920_139104.jpg
(手前釣殿、奥本殿(国重文))


さて、今日の冒険タイムがやってきた。
「目指すはあの山、松尾山磐座!」

20060920_139103.jpg

気力体力とも充実していたたくま、勇んで登山口を探す。

「あそこかな?」

と目星をつけて進むたくま。
しかし、登山口よりも先にそれは見つかった。

20060920_139105.jpg

無情に立てられた看板。

“入山受付 午後三時迄”

「なんですと〜!?(--;)」

時計に目をやるたくま
Gショックいわく

「只今の時刻、15:40」

まさにショック(T^T)
それにしても、入山
“大人千円”
って、

「結構ぼったくるなあ(--;)」

神社が金を取るのがどーも気に入らないたくま。
こっそり忍び込めないかと、とりあえず登山口を探す。
あるにはあったがとても侵入はできそうにない。

「くそ〜(--;)」

あえなく断念。

帰る間際、「磐座登拝の心得」なる張り紙を発見。

20060920_139106.jpg

いわく、松尾山は、
“神職以外の登拝を禁じた神聖な場所です。従って許可なく登拝することはできません。但し…”

「ただし、金払ったらはいれるってか?どんな理屈じゃ(--#
そこまで言うなら誰も入れんけりゃええのに
一貫性ねえなあ」

不満たらたらと松尾大社を後にするたくまだった。
【2006.09.20 Wednesday 22:41】 author : たくま
| 近畿 | comments(5) | trackbacks(0) |
磐座 石山寺
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。
(『神道事典』参照)



いつの間にか石川県にまで来てしまっているたくまですが、もう少しご紹介したい磐座があるので、また滋賀の磐座シリーズをお届けします。

今日は滋賀県大津市にある石山寺です。

20060918_136192.jpg
(石山寺仁王門)

石山寺は滋賀県内でも目玉の観光地でして、もしかするとご存知の方も多いかも知れません。
国宝建造物が二棟(本堂と多宝塔)あり、とてもすばらしい景観で知られています。

石山寺が創建されたのは奈良時代747年、聖武天皇の勅願とされています。


このブログで何度か言っていますが、そこにそのお寺が創建されるのには何かしらの理由があります。
その辺の民衆のトイレの裏に建てたりはしないのです。

ココ石山寺は、その名の通り、境内に巨大な奇岩がたくさんあります。
これらの岩が「石山寺の名の由来になった」とされています。

このような言い方だと、寺にたまたまあった岩が由来になったとも受け取れそうですが、たくまからすれば、その岩があったからこそそこに寺を創建したのだと思います。
その奇岩こそが神社の磐座に通ずるものだったのでしょう。

石山寺の奇岩は仁王門をくぐるとすぐに姿を現します。

20060918_136193.jpg

この岩は大理石だそうです。
自然にある姿を初めて見ました。


そして、石山寺でもっとも優れたシャッターポイントはココです。

20060918_136194.jpg

硅灰石(けいかいせき)という天然記念物を前面に、鎌倉時代創建の国宝多宝塔がなんとも言えない華麗な姿を誇っています。

一般的な石山寺の見所はこの塔です。

20060918_136196.jpg

しかし、寺が創建される以前、この地でもっとも重要な信仰対象はその手前の岩であったのでしょう。

20060918_136197.jpg

石山寺を見るとき、建造物が一切ない太古の自然崇拝の姿を思い浮かべてみるのもひとつの楽しみ方かも知れません。
【2006.09.18 Monday 01:11】 author : たくま
| 近畿 | comments(0) | trackbacks(0) |
磐座 観音正寺
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。
(『神道事典』参照)


今日は滋賀県安土町にある観音正寺の磐座をご紹介します。

たくまがココにきたのは、中世の山城、観音寺城跡を見学するためでした。

きぬがさ山(←漢字変換できず)という険しい山全体に構築された観音寺城。
室町時代、佐々木(六角)氏により築城されました。
その規模に反して防御には適していなかったそうで、織田信長に攻められたときに佐々木氏は城を放棄して逃げ出し、それ以来廃城となってしまったそうです。
(それ以後もしばらくは使用されたという説もあり)

行ってみて初めてわかったんですが、おそらくこの山は、元々は磐座を祀る神聖な山で、そこに観音正寺という寺ができ、さらに観音寺城が築城されたということでしょう。
聖域の山から寺社がどかされて城にされる事例はちょこちょこあります。
かの世界遺産姫路城もそうです。(だったはず)

このたくまのきぬがさ山の冒険は麓の車道から始まります。




こうした山を旅するとき、どこまで車で登れるのかがひとつの大きなポイントになる。
城壁のすぐそばまで行けることもあれば麓から登山しなければならない場合もある。
そして、有料道路がもうけられていることも。
観音寺城跡は、有料道路のパターンだった。

道路標識に従い麓の料金所に到着。
道路標識と言っても、観音寺城跡の案内ではなく観音正寺の案内しかなかったので、料金所のおっちゃんに、

「この道で観音寺城跡には行けますか?」

とたずねる。

「あんなもん行かん方がええ!なんもないで。入られへんし」

強い口調でたくまを制止するおっちゃん。

た「え?入れないんですか?」

お「手入れが全然されてへんから膝まで草伸びっぱなしや。行っても入られへん」

た「ああ、なるほど」


これまで数々の山城を攻略してきたたくま。
膝丈の草なぞ珍しくもない。

た「とりあえず行ってみます」

お「ほんっま安土町長は 駅前にあんなしょーもないもん作るくらいやったらもうちょいこっちの整備したらええねん」


ロールプレイングゲームであれば非常に重要そうな情報を入手。
目指すは駅前「しょーもないもん」。
倒すべきボスキャラは安土町長といったところか。
しかしたくまの旅には影響しない。

道路料金400円を支払い山城を目指す。
…ちと高い(^^;)


くねくね山道をしばらく進むとパーキングに到着。
案内いわく

観音正寺までそこから「徒歩約10分」。

何かだまされた感がある。

仕方なく登り始めるがなかなかにきつい。
ここのところ山城ばかりでいい加減山道に飽きていたたくま。

(ひとつくらいさぼっても旅の充実度は変わんない、かなあ〜)

などとさぼる方向に考えが向く。
その時目に入った寺の木札。

20060916_134621.jpg

「言いわけはすればする程自分をみじめにする」


(ぐむ…ごもっとも(--;))

思い直してさらに進む。


(それにしても、400円も取るんだったらせめて山頂まで道のばしとけよ〜(`ε´;))

この頃愚痴っぽいたくま。
なんにつけても文句がでる。
そんなとき、またもや目に入る寺の木札。

20060916_134583.jpg

「楽なことを幸福と思っていては人生の深い喜びは味わえない」


(ぐむう…いちいちごもっとも(--;))


息切らせ急な階段を上りながら自分の旅を振り返るたくま。

(そうだ。楽をして旅に、いや、人生になんの意味があるんだ。いいこと言うぜ観音正寺(T^T))

道道にある木札の説教に感化されるたくま
心を入れかえ山頂間際にはもはや聖人。
そして、最後の木札を読む。

20060916_134584.jpg

「人の一生に厄年はない 躍進の『やく』を考えよ」


(躍進の「やく」か〜。いいこと言うねえ〜。ほんと厄年なんかないっすよね!



営業妨害!?Σ( ̄□ ̄;))

正月に参拝者がいない風景を想像してみる神主たくま。
楽は楽だが…

(楽しちゃだめなんだよね〜?(--#)
危うく寺の洗脳にはまるとこだったぜ)

きみには敵か味方しかないのか?


観音正寺に到着。
まずは本堂のご本尊にご挨拶。

20060916_134587.jpg
(新築の本堂)

観音寺城跡本丸は本堂裏の山をさらに登ったところにあるらしい。
出発前にお手洗いに行くたくま。
寺の表札を見ると「男」の代わりに

20060916_134585.jpg

「善男子」の表札。

(なんじゃこりゃ〜!?俺に入るなっちゅうことかぁ?(--#))

寺に善男善女という表現はつきものだが、今のたくまにはそれさえ嫌味に聞こえる。

(どうせなら「美男子」にせんかい!)

余計入れない。


支度が整い本丸に向けて出発。
入ってみると山道は山道だが、おっちゃんが言うほど酷くはない。
むしろその広さを考えるとよく通りやすくしていると思う。

難無く本丸に到着。
カメラにおさめる。


今回主役の磐座に出会ったのはその帰り道だった。

「観音正寺奥院」の矢印を発見。

(せっかくだから行ってみよう。「楽」しちゃだめだかんね)

と、さしたる期待もせず行ってみたが、行き着いた先にはかなり巨大な岩が。

20060916_134588.jpg

(で、でか!!Σ( ̄□ ̄;))

この写真はほんの一部。
ロープを登り、右上に見えている奥院のアップがこれ。

20060916_134590.jpg

さらに、奥院の上方にも岩はのびている。

20060916_134591.jpg

(まさに磐座!神のまします岩石やかくあらん)

思いがけぬ発見に大興奮するたくま。
無邪気に岩石をよじ登り(無礼者)、さらなる発見を求める。
すると、磐座のてっぺんに石碑が…

20060916_134592.jpg

「佐佐々木城祉」

(え〜〜〜(--;))

先日の万葉歌碑に続く目に余る所業。

(立てるならせめて土の上にしろよ〜(T^T) てか、観音正寺は何も言わんかったんかいな)


期せずして立派な磐座に出会えた喜びと心ない石碑へのショックに、複雑な心境で山を後にするたくまだった。
【2006.09.16 Saturday 08:34】 author : たくま
| 近畿 | comments(0) | trackbacks(0) |
いたずらな標識
平泉寺という寺を探していたときに現れた標識


20060915_134456.jpg


どっちや〜!?

結局、両方にありました(^^;)
【2006.09.15 Friday 23:23】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
さあ、みんな聞いてくれ!
さあ、みんな聞いてくれ
大きな声で聞いてくれ
素敵なたくまに聞いてくれ


「滋賀はどうなったんだい?」



ふっふっふ
お答えしよう(--)


「終わっちゃったよ〜ん!!!(>_<)」


まじで!?Σ( ̄□ ̄;)


「でじま!!(>_<)」


長かった。ひじょ〜に長かった。
まさかこんなにかかるとは。
ごめん、ちょっと滋賀なめてた。

みなさん、滋賀とってもいいとこですよ。
山あり水あり歴史あり。
いま、たくまが住みたい地域ナンバー1です。


この調子でシュピシュピ終わらせて行くぜい♪


注)ご機嫌なたくまに「7月に出発して終わったのまだ一県だけじゃん」とツッコまないこと
噛まれます
【2006.09.15 Friday 22:15】 author : たくま
| 近畿 | comments(3) | trackbacks(0) |
大原野神社 人心の荒廃を嘆いていい人
京都市の南西の外れ、とてものどかな田舎に大原野神社という神社があります。

20060912_131709.jpg

この神社は、784年に藤原氏の氏神として奈良の春日大社から分霊を勧請して、はじめ長岡に創建されました。
その後、850年に、平安京の守護神として現在地に遷されています。

春日大社からのご分霊のためか、狛犬のポジションにこんな子がいました♪

20060912_131710.jpg

藤原氏と言えば、平安時代に天皇と外戚になることで朝廷を牛耳った一族。

「摂関政治」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
摂政、関白は天皇の代わりに政治を執ったりサポートしたりする役職。

藤原氏は、天皇に自分の娘を嫁がせ、生まれてきた孫(次期天皇)の治世に祖父として権力を握る(摂政や関白になる)ということを繰り返したんです。

大原野神社、その氏神ともなれば相当な勢力であったに違いありません。
推して量るべしです。


さて、話は変わりますが、今日はココでとても素敵なおばさまに会いました。

今日の京都は雨が降ったりやんだりの微妙な天気。
大原野神社に着いたときは小雨だったので、傘をさすほどではないと判断しそのまま境内に入って行ったのですが、参拝をすませたくまとすれちがうおばさまが突然声をかけてきました。

その第一声がこれ。

「傘を差し上げましょうか?」

言うが先か動くが先か、おばさまはたくまが返事を返す前に自分の傘をたたみ始めました。

突然の申し出にしばし戸惑うたくま。

た「え、いや(--;)」

お「傘、お持ちでないんでしょう?」

言葉から物腰まで気品に満ち溢れたそのおばさま。

た「いえ、車に置いてあるんで大丈夫です!ありがとうございます!」

お「そうですか?それでは」

一旦たたんだ傘をまた広げ、帰路へつくおばさま。
去り際もなんとも潔い。
さながら夏の終わりに吹き抜けた一時の涼風。
すたれたたくまの心を爽やかに浄化していった。

(ああ、待って、お礼を、言い足りない、)

後光指すおばさまの後ろ姿に手を合わせ見送るたくま。

20060912_131711.jpg

この世に生き仏をみました。


「人間関係が希薄な世の中になっている。大変悲しい」

といった言葉は近年よく耳にします。
たくま自身も漠然とそんな風に思っていましたが、そもそも、自分は他人に十分気を使えるような人間であるのだろうか?
自分からは何もしないでいて、ただ関係の希薄さを嘆いている。
そんな自分が見えてしまいました。

人心の荒廃を真に嘆いていいのはこんなおばさまなんだと思いました。
【2006.09.12 Tuesday 21:05】 author : たくま
| 近畿 | comments(7) | trackbacks(0) |
磐座 船岡山
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。
(『神道事典』参照)


と言う訳で、しばらく休みにしていた磐座シリーズを再開したいと思います。

今日ご紹介するのは船岡山。
滋賀県八日市市にある小さな山です。

たくまは、始め、ココに磐座を探しにきたわけではありませんでした。
目指していたのは八日市市指定文化財の万葉歌碑。


額田王(ぬかたのおおきみ)という人物をご存知でしょうか?
女性なんですが、ずいぶんモテモテだったみたいです。

額田王は、大海人皇子(おおあまのおうじ)という人物との間に一女をもうけますが、後に、大化の改新で有名な天智天皇の寵愛を受けるところとなります。
しかも、娘は、天智天皇の別の女性との間の息子、大友皇子(おおとものおうじ)と結婚しました。

人間関係どろどろです。

また、この話には続きがあり、天智天皇の死後、時期天皇の座をめぐって大海人皇子と大友皇子が大戦争を起こします。

世に言う壬申の乱です。

この戦いに勝利した大海人皇子が天武天皇となります。

なんだか「うわあ〜」って感じです(--;)


さて、前置きが長くなりましたが、万葉集という和歌集に額田王と大海人皇子の和歌のやりとりがあり、その舞台がどうも八日市近辺だったらしく、その辺りを見渡せる船岡山の山頂に万葉歌碑という記念碑が建てられました。
たくまはそれを見にやってきたのです。



ただ石碑が建っているだけかと思いきや、着いてみると、船岡山一帯は万葉公園としてきれいに整備されている。

そんな中、パンツ一丁で日光浴を楽しむお兄ちゃん。

20060912_131245.jpg

たくまが少し近寄ると体を起こしやや警戒心を示す。

「安心しろ。君の方が断然怪しい。」

人間というものはおもしろいもので、誰かが近付いてくるととりあえず確認するが、その作業だけでなぜか安心してしまう。
このお兄ちゃんもチラッとたくまを見ただけで、また日光浴を楽しみ始めた。

「俺が何もしないと思っているのか?たったあれだけの確認で俺に悪意がないと断言できるのか?」

お兄ちゃんに向かって不敵な笑みを浮かべるたくま。
が、何か行動を起こすほどのガッツは持ちあわせていなかった。


案内の地図によると万葉歌碑は船岡山山頂。
登山口を探していると、麓に阿賀神社なる小さなお宮さんを発見。

20060912_131249.jpg
(阿賀神社拝殿)

「ほうほう、こんなところにも神社が」

登山前に軽く参拝しようと本殿をのぞきこむと、な、な、なんと!
そこには地表から剥き出しになる巨大な岩が!

「磐座!Σ( ̄□ ̄;)しかもなんて見事な」

さらに、本殿隣の巨岩の隙間にも小さな祠があった。

20060912_131251.jpg

阿賀神社の創始はわからないが、古くはこれら磐座を祭っていたのではないだうかと簡単に想像がつく典型的な磐座。
こんな名もない小さな神社でこれほど見事な磐座が拝めるとは思いもしなかった。

「おみそれしました」

深々と頭を垂らし拝礼をすませ、再び登山口を探す。
阿賀神社のすぐ脇に発見。

「さて、登ろうか」

と思った瞬間、たくまの中にある種の期待が湧いてくる。
阿賀神社の向きはちょうど船岡山の頂上を背にする感じ。

「もしかして?もしかして!?」

それと同時に、いや〜な予感も脳裏をよぎる。
目的の万葉歌碑は船岡山山頂にある。

「モシカシテ?モシカシテ!?」


船岡山はそう高い山ではない。
ものの一分で頂上に到る。
その山頂にたくまが見たものは…

20060912_131252.jpg

「きたあぁぁぁ!!」

麓の阿賀神社とあわせて考えると典型的な磐座の形。

「予感的中!o(^^)o」

思わぬ収穫に心は踊る。

しかし、悪しき予感をまだ確認していないたくま。
恐る恐る磐座に近付いてみると、そこには…

20060912_131254.jpg

「いやあぁぁぁ!(ToT)」

罰当たりにも、磐座に万葉歌の石板がはめこまれていた。

「ヨカンテキチュウ(T^T)」

悲しい結末に胸が痛む。

磐座はかなり古い信仰。
今ではその意義が忘れられ、このように扱われていることも珍しくはない。
それにしても、

「これが市指定文化財とは(--;)
八日市よ、後世の恥となろうぞ。」


嬉し恥ずかし船岡山の旅であった。
【2006.09.12 Tuesday 01:31】 author : たくま
| 近畿 | comments(0) | trackbacks(0) |
銀閣寺 幼稚園児たくま
京都市内の旅が始まって三日たちました。

ココまでの京都の印象は、観光向けの説明板が少ない。
景観を守るためか、一見さんお断り精神がこんなところにも出ているからかはわかりませんが、今までたくまが見てきた地域と比較して非常に少ない。

重要文化財だからということで行ってみるものの、何がどうすごくて「重要」なのかが素人のたくまにはまったくわかりません(T^T)

確かに、見た目の迫力はどこに行っても大したものです。
庭園にしろ寺にしろ、大きさも美しさもさすが日本の古都といった感じです。

しかし、でかいから「重要」な訳ではありません。
そこに文化的、歴史的「重要」性があるからこその重要文化財であり、ただの芸術作品ではないはずなのです。

しかし、たくまにはわからない(T^T)


銀閣寺に行ったときの話です。

20060910_130076.jpg
(国宝銀閣)

これを見て、大声で

「銀閣寺普通じゃねえか!」

と笑っているおっちゃんがいました。
普通って、

「あんたん家にもあるんかい」

とツッコミたくもなりましたが、しかし、じゃあ何がすごいのかと問われると、学校で習った程度のことしか答えられないたくまがいます。

結局、自分にある程度の知識がなければ文化財なんて何にも意味を持たないんですね。

いくら立派な土器が発見されても、それを見つけたのが幼稚園児だったらそれはただの石ころ同然です。
京都を旅するたくまは、まさにこの幼稚園児(T^T)

はあ〜。自分の知識のなさが恨めしい(;¬_¬)


文化財に限らず、誰かが「重要」だと言うものには必ずなにか理由がある。
そのいろんな「重要」を知りたい。
例えそれがアキバ系の「重要」であろうとわかりたい。

はあ〜〜〜(T^T)


京都で一人むなしくなるたくまでした。
【2006.09.10 Sunday 21:17】 author : たくま
| 近畿 | comments(4) | trackbacks(0) |
羅城門跡のトラップ
京都の旅。
初めは滋賀の道の駅に車をおき自転車を持って電車で京都入りしたのですが、京都市にすばらしい駐車場を見つけました。

豊臣秀吉のお墓、豊国廟の駐車場。
なんと、7:30〜17:30までたったの500円!

20060910_129968.jpg

滋賀からの電車賃が片道400円なのを考えると、うむ、安い。

しかも、500円は前払いで、17:30過ぎたらおじさんは受付閉めて帰ってしまい出入口も閉まらないので、「好きな時間に帰って」って感じです。
実質7:30から次の日の朝まで大丈夫なのではなかろうか。

場所も、東寺、本願寺、清水寺などはそう遠くなく、こんな最高の駐車場が満車にならないのが理解できないくらいです。

京都観光されるみなさん、豊国廟、かなりおすすめですよ。


さて、昨日、真夏日のような太陽が照り付ける京都を自転車でかけずり回りました。

最近たくまはろくに食事をとっていなくて、自転車をこいでも力が入らない(--;)
顔がふやけたアンパンマンってこんな気分なんだろうな。

こんな時に限って目的地がなかなか見付からなかったりします。

午前中は東寺周辺の旅。
平安京の羅城門跡(平安京の正面の入口)を探してさ迷っていたんですが、たくまの地図が示す辺りに見付からない。

何度か同じ道を行ったり来たりしたが発見できず、仕方なくコンビニで道路地図を広げてみる。
しかし、そこでも示されている場所は変わらない。

「おかしいなあ(--;)」

と思いつつ、また同じ道を戻る。
そして、ふと目についた看板。

20060910_129960.jpg

「光徳幼稚園」

まさかと思い、その看板の裏を覗きこむと

20060910_129964.jpg

隠されていた羅城門の看板。

「おのれ光徳幼稚園!せこいトラップしかけよって!(--#)」

とにもかくにも、羅城門跡ついに発見。
矢印の奥に進むと、小さな公園に一本の標石。

20060910_130026.jpg

…これだけ?

うん、これだけ。

「くそ〜(--;)」

現在は建物の礎石もなにも残っていないらしく、わずかに明治28年に建てられたこの標石だけが残されているのでした。

「たったこれだけのために(--;)」

さ迷い続けた時間に腹が立ってくる。

「それよりなにより光徳幼稚園よ(--#)」

しかし、ふと膝もとの紙に目をやると

20060910_129972.jpg

お隣の矢切地蔵尊に羅城門の復元模型があるとのこと。

『お気軽にご見学ください』

「それはいいo(^^)o」

お隣の矢切地蔵尊に向かうたくま。

20060910_129973.jpg
(矢切地蔵尊)

中に入ろうと玄関に手をやるが、

「あかねえ!Σ( ̄ ̄;)」

何度試しても微動だにしない。
光徳幼稚園に続くまさかのダブルトラップ。

「『お気軽に』侵入してやろうかい(--#)」


幸先の悪いスタートとなった土曜日のことでした。
【2006.09.10 Sunday 19:53】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
ファンキーブッダ
京都のとあるお墓でみかけた仏様です。

20060910_129441.jpg

何を表現したかったのでしょうか?

あたまのぶつぶつひとつひとつは仏様の知恵を表すと言いますが、頭そのものがでかいのはいったい…
【2006.09.10 Sunday 01:20】 author : たくま
| 近畿 | comments(8) | trackbacks(0) |
磐座 稲荷山ツアー
滋賀の磐座をご紹介するはずの磐座シリーズでしたが、京都の伏見稲荷大社に行ってなかなかのおもしろ体験をしたので、今日はそちらをお送りします。
もちろん、磐座もあります。


京都市伏見に鎮座する伏見稲荷大社。
全国の稲荷社の総本宮として有名です。

20060908_128370.jpg
(随神門)

今の社は稲荷山という山の麓に位置しますが、元は稲荷山山中に鎮座していたそうです。
もうおわかりでしょうが、この稲荷山こそが元々の信仰の場、聖地です。


まずは麓の建造物を拝観。
たくまの伏見稲荷でのドラマは、すでにココから始まっていたのでした。


随神門をくぐるとすぐに拝殿が見える。
大社とは言え、麓の境内はそこまで広くはない。

20060908_128290.jpg
(伏見稲荷拝殿)

拝殿前にわずかに人だかり。
その視線の先から笛の音が聞こえてくる。
見ると、巫女の神楽舞。

(これはラッキー♪)

苔蒸し貫禄を漂わせる神楽殿の優雅な舞子をカメラにおさめよう…

としたその時

「写真だめ!」

たくまを制止する警備員の声。

「写真だめよ」

ダメ押しに同じ言葉を繰り返す警備員。

た「あ、だめなんですか?」

警「神ごとだからね。撮影は断ってるのよ」

た「そうですか」

(神主に神ごとを語りよって(--#))

茶髪で神主もへったくれもない。

納得のいかないたくまに気付いたのか、警備員

「ごめんね」

「いえ、とんでもない!」

いい人だ。

20060908_128291.jpg
(神楽終了後の神楽殿)

しかし、やはり何か気に食わないたくま。
代わりに祈梼最中の神主を激写。

(あれ〜?止めないの〜?神ごと撮影禁止ちゃうの〜?
どっちかっつうと、神楽より祝詞奏上の方がより重要な神ごとちゃうの〜)

小さな自尊心を満たし、聖地稲荷山を目指す。


所々ある地図によると、稲荷山は、ある程度真っ直ぐ奥へ進むと、山道をぐるっと一周して戻ってくるようなルートになっているらしい。
そのルートを目指しさらに奥へと進む。

稲荷と言えば、すぐイメージするのが連立する赤い鳥居。
ココ伏見稲荷に並ぶ鳥居の数は、たくまが今まで見たものとは比較にならない量だった。

通称千本鳥居。
山中のルートに延々とあるので、もしかしたら千本以上あるのかも知れない。

千本鳥居を写真におさめようとすると、前のカップルがなかなか先へ進まない。
お互いに携帯で写メして見せあっている。

(これこれ、平日に神社でデートする信心深い感心なカップルよ。撮り終えたなら早く先に進みなさい。)

自分の写真に人を入れたくないたくま。
心の中で優しく呼び掛ける。

すると、そのカップル、携帯を交換して再び撮りあう。
そしてまた確認。

(う〜ん。気持ちはわかるぞ〜。でも、次の人が来そうだから早目に動いてね)

やっと歩を進めるカップル。
しかし、ほんの3m進んだところでまた写メ&確認。

(おどりゃあ!それだけしか進まんで風景どれだけ変わるんじゃ!はよ視界から消えんかい!仏の顔も三度までじゃ!)

まだ二度しか許していない。

やっとカップルが進み、念願の千本鳥居を写す。

20060908_128292.jpg

ずいぶん待たされた腹いせに、怨念をこめカップルも写す。

(魂吸い取ったる〜)

20060908_128295.jpg

撮り終えたらたくまはすぐ駆け足。
ゆっくりできる旅ではない。
のんびり進むカップルを尻目に風のようにひた走る。

しばらく進むと池に行きあたり、左右に道が分かれている。

20060908_128297.jpg

(ココが一周ルートの分岐点だな)

とりあえず右へ進む。

林の中、細い道をずっと駆け足でつき進む。
しかし、行けども行けどもそれらしい神社はない。

(おかしい(--;))

と思い出した頃、なにやら祀ってある場所を発見。

(ああよかった(^^;))

と安心したのもつかの間、そこの石碑を読むと

「弘法ヶ瀧」

(「弘法」?弘法大師?仏教?)

鳥居が並んでいるのでてっきり稲荷のひとつかと思ったが、ココは、弘法大師が法力で水を湧き出させたという仏教の聖地らしい。

明らかに道を間違えた。
元きた道へ戻る。

の前に、せっかくきたのだから水を撮ろうと中へ入っていくたくま。

細い路地の中に流れでる水を発見。
一人の白衣をきたおばちゃんが立っている。

(修行中か?)

と思ったその瞬間、突然おばちゃんの叫び声

「キェェェイ!」

(ビクッ!Σ( ̄ ̄;))

修行が始まったらしい。
慌てて引き返そうとするたくま。
しかし、後ろを振り返ると、いつの間にか同じ白装束の女性陣がたくまの後詰めに入っている。
道が狭くて

(抜け出せない(--;))

少しオカルトなハーレム状態。
その空間で一人浮いているたくまを気にもせず、祈梼は始まった。

「かんじーざいぼーさつ!!」

聞こえてきたのは磐若心経。

その間たくまは動揺を隠しつつ写真を撮っているふり。

磐若心経が終わり、今がチャンスと抜け出そうとすると、続け様叫ばれたのが神社の大祓詞(おおはらえことば)。

(神仏習合Σ( ̄ ̄;) てか、これは俺に参加しろということか?)

一緒に叫びたい衝動にかられる。
が、よく聞いていると、かなり省略された大祓詞になっている。
これでは

(ついていけねえ(--;))

満員電車を降りるように白衣のハーレムをかきわけなんとか脱出。
と同時に、ハーレムたちは何やら手で印を結びたくまが理解不能な言葉を唱え出した。

20060908_128298.jpg

(危ない。呪い殺されるところだった(--;))

来た道を戻り、本物の一周ルートに到達。
そこで待っていたのは、先程のカップル(まだいたのか)と女の子二人組と外国人カップル。
(この日、たくまが見かけた参拝者の三分の一は外国人だった。さすが京都。)

この三組と一人がほぼ同じペースで山を一周し、まるでツアーのようになった。


順路に従いツアースタート。

元々明るいのか、稲荷の鳥居がかもしだす雰囲気に酔っているのか、女の子二人組は出会う人出会う人にやたら元気よくあいさつする。

「こんにちは!」

(ココは尾瀬か(--;))

そういえばたくまだけ言われていない気がしたが、気のせいだったことにする。

しばらく進むと古木が祀られている神社に到達。
伏見稲荷は外国人観光客の多さの割に英語の解説が一切ない。
これはちょっとかわいそうだと思い、たくまが先に動いて見るポイントを教えてあげる。

(そこの兄ちゃん。手水飲んどる場合ちゃうで。ココ見るんやで)

ご神体を無遠慮に覗きこむたくま。
その瞬間、突然襲いかかる猫の叫び。

「フギャーーー!!」

「どわ!?Σ( ̄□ ̄;)」

20060908_128299.jpg

「ワオ」

たくまを見て笑う外国人カップル。

(そう、失礼すると罰があたることを教えたかったのさ。じゃぱにーずごっどはぐれーとね(--;))

さらに進み、磐座に行き着く。

20060908_128304.jpg

(うむ。見事じゃ)

わかってんだかわかってないんだかわからない様子で写真を撮る女子二人。
とりあえず眺めて何かを感じようとする外国人カップル。
手をつなぎそのまま行き過ぎる日本人カップル。

(素通りかよ!Σ( ̄□ ̄;))

突っ込むたくま。


ツアーはいよいよ佳境に。
稲荷山には三つの特徴的な峰があり、それぞれの頂きが重要な聖地。
たくまたちのツアー一行は、最高峰の一の峰から二の峰、三の峰と下って行くコース。
よって、まずは一の峰への急な坂が待ち受ける。

ツアーの前方を、明らかに肥りすぎのおじさんが歩いている。
抜きさるたくま。
おじさん、呼吸のしかたが尋常でない。

(大丈夫か?(--;))

女子二人の「こんにちは」攻撃はそんなおじさんにも襲いかかる。

「こんにちは!」

「…ごん、ごぼっ!」

もはや言葉にあらず。

(そっとしといてやれよ(--;))

一人の脱落者もなく、ツアー無事一の峰へ到着。

20060908_128305.jpg

道を間違えたこともありかなり喉が渇いていたたくま。
売店の自販機に目をやる。

20060908_128306.jpg

「150円」

(やっぱりね(^^;))

禁欲生活のたくまに小さくて高いジュースなどもってのほかである。

一の峰を参拝し後は下りるだけ。
二の峰へ出発。
すぐ到着。
下りは楽だ。

20060908_128307.jpg
(二の峰)

二の峰にも自販機が備えつけられている。
買う気はないがどうしても目がいくたくま。
すると

20060908_128313.jpg

「180円」

(値上がりかよ!?Σ( ̄ ̄;))

「一の峰で買っておかないお前が悪い」
とでも言わんばかりの暴利。

(えげつないなあ(--;))

そして、たくまの脳裏をよぎったある予感。

(さ、三の峰は…?)

歩調が自然と早くなる。
もはや聖地のことなど頭にない。



三の峰に到達。

20060908_128314.jpg
(三の峰)

(さ、さ、さ、三の峰はぁぁ!?)

20060908_128339.jpg

「200円」

(きたあぁぁぁ〜!!)

期待を裏切らないこの結末に、良きも悪きも頭から全て消え去り気分爽快で稲荷山を後にするたくまであった。

【2006.09.08 Friday 21:11】 author : たくま
| 近畿 | comments(8) | trackbacks(0) |
京都の道端
さすが京都。

20060907_127759.jpg

道端に置かれてあるものが一味違う。
【2006.09.07 Thursday 23:10】 author : たくま
| 近畿 | comments(4) | trackbacks(0) |
小中華街
20060907_127752.jpg

京都のとある路地で見付けたお店。

「小中華街」

周りを見ると

20060907_127753.jpg

他に中華の店は一軒もなし。
なるほど。小中華街。
【2006.09.07 Thursday 23:03】 author : たくま
| 近畿 | comments(3) | trackbacks(0) |
また出た!?
今日から京都に入ってます。
あ、ダジャレになってもた(--;)

磐座シリーズ途中ですが、ちょっと違う話題を。

豊臣秀吉の眠る豊国廟に行ってきたのですが、また出ました。
魂(?)が(--;)

20060907_127743.jpg

右の方のやけに明るく光ってるやつ。
わかりますか?

他にもあります。
これ

20060907_127744.jpg

真ん中あたりの階段上。
でかい(--;)
これはカメラの小さい液晶画面でもすぐ気付きました。
だもんで、すぐに撮り直したのがこれ。

20060907_127745.jpg

なにもない。

あの魂(?)、PC上で拡大したらニコちゃんマークみたいなんですよね、ほんと。
安土城と同じ形でした。

カトリーヌさま、ほんとに喜んでるんですかね、これ?(--;)

あ、ついでに、と言っては秀吉公に怒られますが、これが秀吉公の廟です。

20060907_127747.jpg
【2006.09.07 Thursday 22:52】 author : たくま
| 近畿 | comments(3) | trackbacks(0) |
磐座 長命寺
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。(『神道事典』参照)


「磐座」は神社用語。
ですから、寺に対してこの語を使うのは本来正しいとは言えないかも知れません。

しかし、この磐座シリーズでご紹介する寺は、神道の原初形態といわれる自然崇拝の聖地に後から創建されたと考えられものです。
よって、このシリーズではまとめて「磐座」と表現させてもらいますが、誤解のないようお願いします。


さて、今日ご紹介するのは近江八幡市にある長命寺です。

20060906_127088.jpg

建造物、手前から、護法権現社拝殿(これは神社)、三仏堂、本堂(国重文)、三重塔(国重文)です。

この寺の変わっているのはその由来。

昔、武内宿ね(たけのうちすくね。「ね」は「弓」辺に「爾」)という人がこの山で長寿を祈り、三百歳以上生きたという伝説がありました。
寺を創建したのはそれより後の世の聖徳太子ですが、太子は、武内宿ねの因縁をもって「長命寺」と名付けたと言います。

これの何がおもしろいのかと言うと、武内宿ねは神社の神にあたりまして、仏ではないんです。

事実、長命寺のご本尊は観世音菩薩です。
にも関わらず、このお寺では、武内宿ねへの信仰も今に伝えているんです。
しかも、その信仰対象が磐座なんです。


磐座の写真、実はもうお見せしています。
上の写真、本堂の裏(左)にむきだしている岩。
これが磐座です。

20060906_127090.jpg
(磐座アップ写真)

この磐座は「六所権現影向石(ようごうせき)」と呼ばれていて、武内宿ねが長寿祈願したとされています。

今はこんな感じで

20060906_127093.jpg

本堂裏側で参拝できるようになっています。

さらに、護法権現社の裏側に

20060906_127094.jpg

こんな磐座もありました。

20060906_127097.jpg

これは「修多羅岩(すたらいわ)」と呼ばれる岩で、武内宿ねのご神体とされています。
ココに寺ができるまえ、この一帯はこの岩を中心とした聖地だったのかも知れません。


この岩見ているとき、観光の夫婦とかちあいました。
おばちゃんの一言

「まあ、岩も拝むみたいよこのお寺」

違うんだおばちゃん!
この岩こそがココの信仰の大元なんだ!

心のなかで叫ぶたくま。


さらにもうひとつ、名前はついていませんでしたが磐座とおぼしき岩があり、上に社が建っていました。

20060906_127098.jpg

上まで登り社の裏側を見るたくま。
表に出てくると別の夫婦に出くわし、エレガントなママに声をかけられました。

エ「(裏に)何かあった?」

た「…岩がありました」

突然の質問になんと答えていいのかわからず小学生のような感想を述べるたくま。

エ「そう。これも磐座のようね」

(!…このエレガントママ、できる!)

た「ほんと見事な磐座ですよね!こんなのが信仰対象としてちゃんと残ってるのすごいですよね!」

するとおじさんがぽそり

「ココは寺になっとるけど、結局神社だったんだな」

(!夫婦そろって!)

久しぶりの、しかもわかった人との会話。
興奮を抑えつつ、しばし滋賀県の磐座の素晴らしさを語り合う。

しかし、いつの間にか会話をリードしているのはエレガントママ。
そして、エレガントママのたくまを見る視線はだんだんと生徒を見下す教師のような色を帯てくる。


エ「こんな岩を祭ってあるお寺。岩手県にもあったわ」

た「あ、そうなんですか」

エ「なんて言ったかしら。一関にあるのよね」

た「達谷窟(たっこくのいわや)ですか?」
(このブログでも紹介したことあり)

エ「ああそれ。日本の磐座信仰の北限があそこなのよね。」

た「ほーほー」

エ「でも、こんなお寺が残ってるのは皇室が関わってるからでしょうね」

た「皇室?」

エ「ココは聖徳太子の創建でしょう?」

た「ああ」

エ「皇室関係だから、おそれおおくて開発できなかったのよ」

た「へーへー(なんじゃそりゃ)」

エ「あなた、三井寺にはもう行ったのかしら」

た「あ、行きました」

エ「…そう」

た「じゃあ、お先に失礼します」

これ以上エスカレートする前にと、エレガントママがひるんだ一瞬の隙を見逃さず別れを告げるたくま。

危なかった(--;)
心労で寿命が縮むところだったぜ。

武内宿ねのご加護を確かに感じて長命寺を後にするたくまでした。
【2006.09.06 Wednesday 23:51】 author : たくま
| 近畿 | comments(3) | trackbacks(0) |
磐座 胡宮神社
磐座(いわくら)…そこに神を招いて祭りをした岩石。その存在地は聖域とされた。祭儀が繰り返されることにより、その石自体も神聖なものとして祭られるようになった。(『神道事典』参照)


このブログで何度も紹介していますが、日本古来の信仰は自然崇拝だったと言われています。
中でも、岩石はもっとも典型的な信仰対象であり、神社や寺などの建造物が付随し1000年以上経た今でも忘れられずに祭られているところがいくつかあります。

ココ滋賀県には、磐座、あるいはそれとおぼしき岩石を祭ってある寺社がたくさんありました。


これはそんな神社のひとつ、多賀町の胡宮神社(このみやじんじゃ)です。

20060906_126329.jpg
(胡宮神社拝殿)

胡宮神社は一説に聖徳太子の創立ともありますが、詳細はわかっていません。
いまは青龍山という山の麓に鎮座していますが、元はその山上にありました。

そこには磐座があり、元々その岩石の信仰を中心とした神社であったと考えられます。

麓におりた今でも、奥宮として磐座を祭ってあります。

20060906_126330.jpg
(胡宮神社の磐座)



これからしばらく、滋賀の磐座シリーズをお届けしたいと思います。
一般受けするとは思っていません。

それでも、建造物にばかり目がいきがちな一般的な参拝にちょっとした刺激を与えられるかも、とも思っています。

余談ですが、日本を代表する建造物、京都清水の舞台。
これがものすごく大きな岩石の上に建っていることをご存知の方は少ないのではないでしょうか?
清水寺の信仰の大元は、この岩石や湧き水などあたりの自然に対するものだったという話もあるのです。


いろいろ言っていますが、結局はたくまの趣味です(笑)

「磐座シリーズ」
話は飽きても写真はなかなかいいものがご提供できると思います。
請うご期待♪
【2006.09.06 Wednesday 00:58】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
天寧寺 価値観の柔軟性
20060905_125659.jpg

琵琶湖背景に彦根城を見渡せる場所に創建された天寧寺です。

まずはこの寺の一番の見所、五百羅漢をご覧ください。

20060905_125660.jpg

20060905_125661.jpg

20060905_125662.jpg

これで半分くらいです。
この堂内三面にびっちり羅漢が並んでいます。
なかなか壮観です。
ひとつひとつ表情も違い、
「五百羅漢の中には必ず自分の探し求める人の顔がある」
と言われるほどです。


さて、話が前後しましたが、この天寧寺の建立は1828年、時の彦根藩主井伊直中の手によります。

建立の動機がこれ。


奥勤めの腰元(殿様のいろ〜んな世話をする人)である若竹という女性が子を宿しているという噂が広まった。
怒った井伊直中が相手の名前を問いつめたが、若竹は口をわらず、不義はお家の法度という掟により処刑してしまった。

しかし、後に、その相手が直中の実の息子であったことがわかる。

知らぬこととは言え、若竹と初孫を葬ってしまったことを後悔し、追善供養のために天寧寺を建立した。


だそうです。
現代的価値観からすればめちゃくちゃです。
寺建てたことによって慈悲深いお殿様という評価になっちゃったりしたのでしょうか?

殿様は掟に従ってお手打ちにしたというので、殿様は悪くないとしても掟はめちゃくちゃです。


しかし、そのめちゃくちゃが当たり前のことで、誰も疑問に思わなかった時代が確かにあったのです。
これからさらに時が経ち、いま現在が歴史となったとき、我々の価値観も「めちゃくちゃ」と言われる日はきっと来ます。

人は、そのときそのときは自分たちが正しいと思いがちですが、それは、「自分は正しくない」という価値観を理解する柔軟性に欠けているとも言えるかも知れません。
【2006.09.05 Tuesday 02:23】 author : たくま
| 近畿 | comments(4) | trackbacks(0) |
ソルトライン
この夏、君は見ただろうか?
結晶の集合が生み出す芸術、ソルトラインを。


ソルトライン、その魅惑の波線は、不規則に、しかし全体としてはまとまった形で現れる。
規則と不規則がおりなす奇跡の白線。
ソルトライン。

たくまは、この夏ほどお目にかかったことはかつてない。



たくまの旅の風呂の秘密は以前暴露しました。
しかし、
「洗濯はいったいどうしてんの?」
と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今日はその秘密(?)を明かします。


はっきり言って、してません。
ほとんど。


何度も何度も


何度も何度も何度も何度も


何度も何度も何度も何度も何度も何度も


同じ服を着ています。

臭くないかって?

そりゃ臭いっすよ(爆)!

でも大丈夫。人間臭いくらいじゃ死にません。
他の人にも、近寄らない限りばれません。


しかし、臭いのはばれなくても、同じTシャツは着れなくなる時があります。
たくまの連日同衣類着用大作戦を邪魔するやつがいるんです。

そう、やつの名はソルトライン。

この夏、タイミング悪く、ちょうど一番暑い時期に連日山登りでした。
も〜汗かくわかくわ。

そして、汗がひくころ、Tシャツに浮かび上がってくるんです。
たくまの汗製塩のラインが(;¬_¬)

あれっておもしろいですね〜。
ほんと塩なんですね。
舐めてみたらめちゃくちゃしょっぱかったです。


つうわけで、ソルトラインが出たらそのシャツはアウト。
ほとんど全てのシャツにソルトラインが出たとき、コインランドリーへれっつらごー。

昨日、日下部氏のお宅へお邪魔していらい初めての洗濯でした。
ソルトライン出まくったんでわりと早い方でしたが。




なんだかこんな話ばかりしているとずいぶん不潔な人間に思われそうですが、旅してないときは人並みの清潔さは保っていますので、会ったときに
「おえっ」
って顔しないでね(T^T)
【2006.09.05 Tuesday 00:44】 author : たくま
| 近畿 | comments(10) | trackbacks(0) |
浄厳院 信長のイメージ
織田信長と言えば、古い慣習を嫌い武力でもって大改革を断行した人物として、最近では評価されているようです。

信長の「古い」ものの中には仏教勢力が含まれており、比叡山焼き討ちなどに代表されるように、寺をことごとく破壊していった。


そんなイメージをお持ちの方はいらっしゃいませんか?
はずかしながら、たくまは、漠然とそのようなイメージを持っていました(^^;)


しかし、信長は仏教そのものを「古い」ものとして否定したかったわけではありません。

それは、安土城天守閣に仏の絵が画かれていることからもわかりますし、それよりなにより、信長自身がお金を出して寺をいくつか創建しているのです。


20060903_124635.jpg

これは、天正年間(1573〜92)に、信長によって創立された浄厳院(じょうごんいん)です。

本堂は、後の時代に形は幾分変えられたそうですが、信長によって近江八幡市の寺から移築されたもので、今は国の重要文化財に指定されています。

20060903_124636.jpg
(浄厳院本堂)


人はいろいろなものごとに対して何かしらのイメージを持っているものです。

歴史で言えば、明治の文明開化のころ、文化は西洋から一方的に日本に入ってきた時代と思われがちですが、絵画など、逆に日本から伝わっていった文化も中にはあります。

また、沖縄では、ほんの少し前まで(今でも?)、琉球王国は武器を持たない平和な国だったと思われていました。


イメージが先行して事実が見えなくなっている時って多々あるものだと、この浄厳院で思い出しました。

歴史以外にも、ニュースや対人関係やその他もろもろについて、イメージにとらわれないよう気を付けたいと思うたくまでした。
【2006.09.03 Sunday 23:45】 author : たくま
| 近畿 | comments(6) | trackbacks(0) |
国宝彦根城
20060903_123739.jpg

国宝四城の一つ、彦根城天守閣です。(他三つは姫路、犬山、松山城)

彦根藩初代藩主井伊直政は関ヶ原の合戦で大きな手柄を立て、敵総大将石田三成の拠城佐和山城を授けられました。
直政は、合戦でぼろぼろになった佐和山城に変わる城をつくろうとしますが、関ヶ原での傷が原因でほどなく亡くなってしまいます。

彦根城は、父の意思を継いだ二代藩主直孝が築城したもので、国宝の天守閣は1606年に落成しました。
それから400年間、ほとんど形を変えることなく今にいたります。

20060903_123740.jpg
(彦根城天守閣近景)

戦国〜江戸時代にかけて建てられた天守閣は幾百とありますが、今現在残っているのは本当に奇跡的です。


天守閣がほとんどなくなってしまった大きな契機の一つに明治政府の樹立があります。

それまで地域を治めていた藩の権力が全て奪われてしまい、城を維持する人も財源もなくなってしまいました。
そのため、ほとんどのところで、城を解体して跡地を学校や神社などに利用したりしたのです。

こうした経緯を考えると、逆に、今残っている城はなぜ残っているのだろうかと思ったりします。

そこには、たくまの想像を絶するほどの人々の努力、莫大な資金がつぎこまれているのでしょう。

もはや自然の山と化したお隣の佐和山城跡。

20060903_123741.jpg
(佐和山城跡本丸付近)

観光客でごったがえす彦根城とはとても対照的です。

何かを残すことは本当に難しい。
そう思うと、国宝もより感慨深く見えてきます。


さて、たくまが彦根城に足を運んだとき、世の中はまだ夏休み中。
佐和山城跡には人っ子一人いなかったのに、国宝は多くの観光客で賑わっていました。

山には山の辛さがありますが、観光地には観光地の問題があります。

人が多すぎて、撮りたい写真がなかなか

と゛れ゛な゛い゛〜(T^T)

思い出の写真に他人を入れたくないのは人情。
ましてや城にヒールでくるようなたわけたギャルなどもってのほかです。
しかし、人の波は絶えることなく次から次へと押し寄せてきます。

こうした人の多いところで写真を撮っていると、いろいろな人の気遣いのありようが垣間見えます。

たくまが撮り終えるまで立ち止まって待ってくれる人、体をかがめて通ってくれる人、まったく気にせずたくまの真ん前で立ち止まる人。

写真を撮るのはたくまの勝手。
ファインダーに入ってくる人に文句を言う筋合いはありませんが、中には、小学生でも止まって待ってくれるような子もいます。

気遣いに年齢はないものですね。
たくまも小学生に頭を下げお礼を言っておきました。


ところで、みなさんはお城を見るときどんなところを意識してご覧になりますか?

今日は、たくまのような素人でもわかる簡単な視点をご紹介します。


城には城壁がつきものですが、その石積みを注意してみたことがあるでしょうか?
石積みの違いは素人でもすぐわかり、一つの城で複数の詰み方が見られることはよくあります。

20060903_123742.jpg

この石積み、右と左で積み方が違うのがお分かり頂けると思います。
明らかに違う技術で積まれています。

異なる技術は時代差、あるいは時間差を意味します。

この場合、右側の石積みの方が下に入り込んでいるので、後の時代になって左側を修復したと推測できます。

また、自然の岩盤を利用した石積みもよく見られます。

20060903_123746.jpg

20060903_123747.jpg

このような城壁を見ると、元々そこが山だったことがリアルに意識できます。
うっそうと繁った山が今ではこんな城になったと思うと、人間ってよくやるもんだなと思います。

以上、簡単ではありますが、たくま流城の見方でした。
【2006.09.03 Sunday 01:15】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
怪奇写真
安土城跡で写真をパシャパシャ撮っていたときです。
雨も降ってないのにこんな写真が…

20060902_123359.jpg

同じところをもう一度撮り直しても普通の写真。
こんなことが安土城跡で二度ほどありました。

確かに、たくまのカメラの調子はすこぶる悪いですが、いったいどういう現象なんですかね、これ?
【2006.09.02 Saturday 20:19】 author : たくま
| 近畿 | comments(12) | trackbacks(0) |
渡岸寺 仏の下克上
20060902_122758.jpg

滋賀県北部の高月町にある渡岸寺観音堂です。

この寺は736年に聖武天皇の勅願によって創立されたもので、かなり古い歴史を持っています。
801年には、比叡山の最澄により七堂伽藍が建立され隆盛を極めます。

しかし、戦国時代、織田信長によって堂宇はことごとく焼かれてしまいました。

信長と言えば比叡山焼きうちが有名ですが、彼が焼いたのはそれだけではなく、琵琶湖周辺の寺院はかなりやられています。
特に天台宗系の寺院はひどかったみたいです。

渡岸寺もまたそんな寺院の一つですが、ココのご本尊は、信長の火の手から逃れた仏像です。
なにやら、当時の信徒が機転をきかし土に埋めてお守りしたそうで。

20060902_122762.jpg
(仏像が埋められた跡)

この時埋められた十一面観世音菩薩、今では国宝に指定され、まさに国民の宝となっています。

20060902_122763.jpg
(国宝十一面観世音菩薩)

このご本尊、スタイルがよくてとても美しく、たくまは一目惚れしてしまいました(>_<)


しかし、「なんだかなあ」と思うのは仏像の配置。

みなさん「三尊形式」という仏像の配置をご存知でしょうか?
中央に主尊一体、その両脇に一体づつ据える、三体で1セットの安置の仕方です。

中央は主尊なだけあって、両脇よりは格上の仏がくるのが普通なんですが…


渡岸寺の三尊形式、中央十一面観世音菩薩の両脇がこれ。

20060902_122764.jpg
(阿弥陀如来)

20060902_122765.jpg
(大日如来)

仏教は悟りを開くのが主目的の宗教ですが、「如来」はすでに悟りを開いた仏、「菩薩」は悟りを開く途上にある仏を意味します。

つまり、菩薩より如来の方が格上なんです。


如来を両脇に従える菩薩。

社長にジュースを買ってこさせる平社員の画に似たスリリングなその光景。
まさに仏の下克上。

違和感を感じているのはたくまだけか?(--;)

と思ったら、近くのおばちゃんも

「脇が如来…」

と苦笑いしていました(笑)

それにしても、ココのお坊さん何を考えているのだろう?
もしかして新宗派?
【2006.09.02 Saturday 01:52】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
浮御堂
おりひめさんお待たせしました。
リクエストのあった浮御堂(うきみどう)です。

20060901_122613.jpg

満月寺のお堂の一つ、浮御堂。
あたりの景色はこんな

20060901_122614.jpg

近江八景の一つとされています。
絶景かな。


満月寺は、10世紀末頃に僧源信が、一千体の阿弥陀仏を刻んで湖上通船の安全を祈願したのに始まります。

なんでも、平安時代には、一体より二体、二体より三体、多ければ多いほどご利益があるとする「多数功徳作善信仰」というものがあったそうで。。
金持ちの理論か?(--)

今の浮御堂は昭和12年の再建ですが、ちゃんと阿弥陀仏が千体安置されています。
数えてきたから間違いありません!
(そんな暇はない)
【2006.09.01 Friday 22:27】 author : たくま
| 近畿 | comments(3) | trackbacks(0) |
安土城跡 最後の男
本日は安土城跡に行ってきました。

20060831_121926.jpg
(真ん中の一番高いあたりが天守閣跡)

安土城は、言わずと知れた天下の織田信長の拠城。
明智光秀の謀反の際、主だった建造物は焼けてしまい、その後、近くに八幡城が出来てからは廃城になったそうです。

今は、発掘調査が進められ、一部の石垣や階段が復元されています。


安土城跡は安土山の地形を利用した山城。
当然、要登山。
それでも、昔の広い道が復元されているのでかなり楽なものです。

いざ石段に足を踏み入れようとしたら、小さな小屋にこのような張り紙がしてありました。

20060831_121927.jpg

明日からじゃんΣ( ̄ ̄;)

またしても強いひきをみせてしまった。
それにしても、大人と小人の料金、ひらきすぎじゃあないかい?
そして、よく見ると、入山料を取るのはそう見寺(漢字変換できん。)

むむう(--;)坊主のくせに現世利益にしがみつきよって。

なにかやる背ない気分で登り始めるたくま。


安土城跡は、入山してすぐ長い石段が続きます。

20060831_121928.jpg

この道のすぐ左が羽柴秀吉旧宅、向かって右が前田利家旧宅です。

この石段のちょっと変わった特徴は石材に石仏が使われていることです。

20060831_121929.jpg

他にも、このころ築城された城で石仏が使われているところがいくつかありますが、その意図ははっきりわかっていません。
しかし、石仏を踏むのはあまり気持のいいものではないですね。


歴史的遺物ではありませんが、他に気になったのがこれ

20060831_121930.jpg

遺跡ではよくみかける決まり文句ですが、最後をわざわざ寺との連名にしてあります。
作ったのは県教育委員会でしょうが、山主が誰であるかをはっきりさせるよう寺から圧力でもかかっているのでしょうか?(笑)


普段悪条件の山道を歩いているたくまには安土城跡はとても歩きやすく、すぐに天守閣跡まで着きました。

20060831_121932.jpg
(天守閣跡)
礎石の残りがかなりいいです。

発掘調査や文献調査で安土城の実体はだいぶわかってきているらしく、ある博物館では天守閣の上二層が原寸大で復元されています。
お金と土地の問題がクリアできれば現地に復元可能なのではないでしょうか?

でもなんだか寺がぶつくさ言ってる気がするたくま(根拠なし)

国民の財産をつまらん所有欲で無駄にしおって!(被害妄想)


安土城跡は時間的に今日最後の史跡になりました。
天守閣跡で日が沈むまでのんびりするたくま。
(夕日は見えない)

この時間を使って今日誕生日の母上に電話をかける。


た「誕生日おめでとう!」

母「年中おめでてえけどな」

た「じゃ、今日もおめでと(--;)」

母「ありがとう♪またひとつ歳をとったよ」

た「大きくなったな」

母「じゃろ♪これから誕生日パーティーなんじゃ。もう行かんといけん。じゃあ元気でやられえよ。プツ」

ツーツーツー

た「おーい(--;)」


祝いの言葉を述べ終えて下山するたくま。
だいぶ辺りも暗くなってきた。
明日から入山有料であることをふと思い出す。

もしかして、俺、無料入山した最後の一般ピーポー?とても誇らしい気分だ。
また歴史に名を刻んでしまったぜ。

しかし、麓に到着間際、一組の夫婦とすれ違う。

なぬ!?Σ( ̄□ ̄;)
ま、まさか、こんな暗くなってきたのに天守閣まで行くはずがない!
うん。わけがない。

「最後の無料入山者」から「最後の無料天守閣跡見学者」にランクを落とし、根拠のない記録保持者になったたくまであった。
【2006.08.31 Thursday 23:44】 author : たくま
| 近畿 | comments(2) | trackbacks(0) |
浄信寺の「国宝」
目的の寺社、史跡がいつもすんなりと見付かるわけではありません。
ど田舎の小さなお寺などは案内板もなく、近くに詳細な地図をおいている店があるわけでもありません。

こうなると頼るのは己の勘のみ。

最近では、道を走るとき周辺の地形を見るようになりました。
辺りの山並み、川の流れ、道の作られ方、集落の散らばりよう…

人間が足跡を残す場所は意外と似た臭いを持っています。

「寺があるならあそこだろ」

こんな勘が冴えわたる今日この頃。

しかし、中には、地図でほぼ正確な場所がわかるにも関わらず見付けるのに手間取ってしまうものもあります。
今日はそんな寺の話し。


その日たくまが目指したのは浄信寺。
滋賀県湖北地域、木之本町にある寺院です。

木之本町には木之本地蔵院という有名な寺院があり、浄信寺はその隣にあると地図でわかっていました。

地蔵院をたやすくみつけ、その周りを車でうろちょろ。
が、

ないΣ( ̄ ̄;)

少し範囲を広げてさらにうろちょろ。
やはり見付からず。

どこじゃ〜(--;)

そんなとき、たくまのニュータイプばりの勘が閃く。

そこ!

入ったのは地蔵院の境内。
地蔵院本堂を通り越しさらに奥へと進む。
するとそこにはこのようなお堂。

20060830_121145.jpg

どこかにこのお堂の説明はないか。
キョロキョロとあたりを見わたす。
そして、このお堂の入口に垂らされた紙を見ると

20060830_121146.jpg

隅っこに小さく「浄信寺」の文字。

やはりお前か〜!(`ε´;)

別寺院の境内にある上に案内がどこにもないとは。
個性が持てはやされるこの時代、もう少し自己主張して欲しい。

とにもかくにも見つかってほっとするたくま。
さっそく写真をぱしゃぱしゃ撮り始める。
お堂の写真をおさめ仏様にごあいさつ…
と思ったそのとき、再びたくまの勘が冴えわたった。

お堂前に建てられた
「国宝阿弥陀如来」
の石柱。(一番上の写真参照)

国宝だあ〜?(--)

気になって石柱の裏をみてみる。

20060830_121147.jpg

「昭和八年」
やはし!Σ( ̄ ̄;)
偽物が!(>_<)


☆☆☆☆☆☆☆☆
たくまの一口メモ

文化財保護関係の法律は、戦前、古社寺保存法(1897年)、国宝保存法(1929年)と変遷し、戦後、文化財保護法(1950年)へと受け継がれました。

問題は「国宝」の定義です。

戦前の二つの法律では、国の指定する文化財全てが「国宝」とされました。

しかし、戦後の文化財保護法では、それまでの「国宝」は全て国指定の「重要文化財」とされ、その中から特に、世界に誇る国民の宝と言える価値あるものが「国宝」指定されたのです。

同じ「国宝」という語が使われ紛らわしいので、戦前の「国宝」を「旧国宝」、戦後を「新国宝」と呼びわけたりします。

以上、たくまの一口メモでした。
一口じゃなかった?(^^;)
☆☆☆☆☆☆☆☆


つまり、ココの阿弥陀如来は「旧国宝」だったわけです。

20060830_121148.jpg
(浄信寺阿弥陀如来)

普通は修正か説明したりするものなんですけどね。
そんなところで頑張らずに、まずは寺名をどこかに掲げてもらいたい。
(ただ何もしていないだけか)

みなさんも「国宝」の文字にだまされないよう気を付けてくださいね♪
【2006.08.30 Wednesday 23:23】 author : たくま
| 近畿 | comments(5) | trackbacks(0) |
また変質者?
昨夜、車のドアを開けたまま中でだらけていると、車内をジロジロのぞいてくるおじさんがいます。

また変質者!?Σ( ̄ ̄;)

どすのきいた低い声で

「なんですか?」

とたくまから声をかけると

「すいません。携帯を貸してもらえませんか?」

とそのおじさん。
聞くと、車内にキーを閉じ込めてしまいJAFFを呼びたかったそうで。

「それはそれは!どうぞ使ってください!」

しょっぱなに不審感たっぷりの声を出してしまったのを申し訳なく思い、わざとらしく気遣うたくま。

旅をしていると様々なトラブルがあり、人に助けてもらうこともしばしば。
その暖かさが、勝手のわからない土地にいるたくまの心細さをどれだけ癒してくれたことか。

困っている人がいれば自分も何かしてあげたい。

自然にそう思えるようになります。


どうやらJAFFとも連絡がつき、ドアも開いた様子。
全てが終わって、おじさん、わざわざたくまの方にお礼を言いにきます。

「名刺かなにかお持ちでしたら」

「いえいえ!ただ携帯貸しただけなんで」

「せめて住所でも」

「いや、ほんと何もしてないんで」

なんとも丁寧なおじさんでした。

その場はそれで終わり、次の朝(今朝)起きて旅再開。
運転席に座りフロントガラスにはっていた日よけを取ると、ワイパーになにか挟まれています。
見ると、それは、手紙と千円。

20060830_121010.jpg
(ワイパーに挟まれていた手紙)

う〜む。本当に律儀な人だ。
ただ携帯を貸しただけなのに。

なんだか逆に申し訳なく、でもちょっぴり助かるたくまでした。
【2006.08.30 Wednesday 20:46】 author : たくま
| 近畿 | comments(6) | trackbacks(0) |
藤樹神社
20060830_120556.jpg

琵琶湖の西岸、高島市に鎮座する藤樹神社です。

20060830_120557.jpg
(藤樹神社本殿)

創立は大正11年。
ご祭神は中江藤樹。江戸時代初期の儒学者です。

この頃に創立された神社は、なにかしらの教育、宣伝効果を期待されていることが多いです。
『たくまの旅日記』内でもいくつか紹介しましたが、後醍醐天皇であったり赤穂浪士であったり、それぞれ近代日本にとって積極的意義のある祭神でした。

中江藤樹についてもおそらくそう言えるのでしょう。

儒教に関してはまったくの勉強不足でして適当に聞いていただきたいのですが、儒教の、親に対する孝行の思想を、そのまま、国家の国父たる天皇への忠義という方向にシフトさせたのかも知れません。

近代神社史において、なかなか面白い神社です。
【2006.08.30 Wednesday 00:49】 author : たくま
| 近畿 | comments(0) | trackbacks(0) |