日本各地を旅する男のブログ
 

旅する男たくまの旅の記録

現在地は、すでに訪れ た土地は、全ての 予定を完了した土地をで示していきます。

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【2013.10.11 Friday 】 author : スポンサードリンク
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「日本人」のあり方
最近、「日本人は素晴らしい!」という声が、海外のあちこちから聞こえてきます。
言われる側の日本人には、

「やっとわかってくれたの?」

「別に、ふつーにしてるだけなのに」

など、さまざまな反応がみられますが、気分を害している人はほとんどいないことでしょう。

私などは、日本の文化・伝統、日本人の気質にとても誇りをもっているので、
海外からの評価を受けて「それみたことか!」という気分でした。


みなさんはどうか分かりませんが、私の育ってきた環境はどうも欧米に対してコンプレックスをもつ雰囲気が蔓延していまして、留学生や帰国子女という肩書をもっているだけで「すごい」と評価されたり、英語の授業で「わかりません」と答えたら、欧米かぶれの先生に「アメリカでは『わかりません』なんていう生徒はいない」と説教されたり。
海外に滞在した経験の乏しい私などは、なんで海外に行ったことがないくらいでこんなに自分のことを情けなく思わないといけないんだろうと感じたものです。

しかし、いま、チャンスが来ています。
日本人が、もう一度日本人を見直し、自信を取り戻すチャンスが。
未曾有の災害から一丸となって復興していく中で、日本人の新たなアイデンティティが築き上げられていくことでしょう。


ところで、このような流れを歓迎する一方で、私には、ふたつの危惧があります。

ひとつは、日本人の自信が、「外国人よりも優れている」といった相対的な自信に陥ってしまうことです。
海外の日本人への評価は、「自分たちの国であれば暴動が起きているはずだ」といった形でなされています。
自国民と日本人を比較して、日本人を讃えてくれているわけです。
しかし、讃えられる私たち日本人が、外国人よりも優れていると考える必要はありません。
多少の強盗があっても暴動という程にはならない。これは日本人にとっては普通のこと。
これまで、「個性をつぶす」と酷評されていた全体主義的日本社会は、非常事態においてはこれほどの統制を発揮する側面をもっている、単純にそれだけのことなんだと思います。
海外からの賛辞で取り戻すべき日本人の自信は、海外より優れているという点ではなく、個人主義的な面で欧米より遅れているからといって、日本社会そのものが劣っているわけではないという点にあるのではないでしょうか。


いまひとつの危惧は、加熱する「日本人」というアイデンティティが、日本に住む個を抑制してしまいすぎることです。

日本社会が、その社会の一員に、「日本人」であることを強要してきたという歴史的事例は数多くあります。
現在も「日本人」の一員である琉球人やアイヌもその被害者と言えるでしょう。

「日本人」の強要による悲劇は、琉球やアイヌといった明らかに日本の外にいた民族に限らず、本土に住む日本人のなかでもありました。
有名な例を挙げれば、白虎隊の生き残り飯沼貞雄さんの件があります。

白虎隊は、ご存知のように、十代の若者で構成された会津藩の一部隊で、攻め寄せる明治新政府軍と戦いました。
健闘むなしく敗れた白虎隊は撤退するのですが、飯盛山ですでに城が落ちているのを目撃し、全員その場で自刃してしまいました。
飯沼さんは、喉を刺し気管に穴が開いたにも関わらず、奇跡的に救われた白虎隊の生き残りでした。

その後、白虎隊は、軍国主義に向かう日本において、藩のために命を捧げた忠臣、引いては「日本人」の鑑と讃えられるようになりました。
そのような時世の中、飯盛さんを非難する声が出てきます。
白虎隊の隊員がみな自刃して果てた中で、生き残った飯盛さんは卑怯者というレッテルを張られたのです。
当時の社会の「日本人」はこうあるべきという一般通念が、飯盛さんという個を迫害したのです。
過去記事「忠臣白虎隊」参照。)


近代の日本のこのような雰囲気は、現代でも失われていないと私は感じます。
海外の紛争地域で被害に遭った日本人に向けられる自己責任論、競技後のインタビューで執拗にみなに感謝する(させられる)アスリートたち。
近代日本にみられた社会と個人との距離感は、潜在的に今も残っているのではないでしょうか。

もちろん、こうした日本・日本人のあり方を一概に悪いとは言いません。
むしろ、私は、冒頭で述べたように、この全体主義的な性格こそが、日本が世界に誇る長所だと思っています。

大災害に立ち向かい一致団結する中で、恐らく日本人は、より全体主義的側面を強めていくでしょう。
個々が全体のために我を捨て貢献する社会、日本人であるからこそ築き上げれる素晴らしいものです。
あとは、その全体が、個人にどれだけ寛容でいられるかです。
飯盛さんのような被害者を二度と出さないためにも、より進化した日本的全体主義的社会が実現されることを願って止みません。
【2011.04.07 Thursday 11:50】 author : たくま
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海外から被災地へのメッセージ

遠く離れたヨーロッパでも、東北・関東を応援する声があります。

「フランス人からのメッセージ」
http://terre-ciel.jugem.jp/?eid=80

「欧州から呼びかける日本代表達」
http://terre-ciel.jugem.jp/?day=20110315


どちらもの記事も、在仏日本人takezoさんのブログ「スピリチュアルだがマテリアルな日々」のものです。

【2011.03.16 Wednesday 00:49】 author : たくま
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海外から被災地へのメッセージ

遠く離れたヨーロッパでも、関東・東北を応援する声があります。

「フランス人からのメッセージ」
http://terre-ciel.jugem.jp/?eid=80

「欧州から呼びかける日本代表達」
http://terre-ciel.jugem.jp/?day=20110315


どちらもの記事も、在仏日本人takezoさんのブログ「スピリチュアルだがマテリアルな日々」のものです。

【2011.03.16 Wednesday 00:49】 author : たくま
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被災した方へ ―阪神大震災の被災者から
以下コピ&ペーストしたものです

これを読んだかた、可能な限りコピーペーストで広めて下さい
一人でも二次的、人的被害者を減らして欲しいです。
場違いでごめんなさい。

寒いんで無理しないで、飲み物、食べ物の確保、休める場所を見つけて下さい!

阪神大震災では、偽の電気会社、ガス会社、警察などによる強盗、強姦が多かったそうです。女の子は気をつけて下さい。

お風呂に水を溜める。
災害用ダイヤル171。 警察を偽った詐欺電話注意。

ストッキングはできるだけ脱ぐ。火傷が広がるから。
ナプキンは良い止血帯になる。
ヒールは折っとく。

------------------------

・これから夜になるとき。
阪神大震災で最後に最大に悲惨に襲った災害は、「治安悪化」による「人災」です。
大切な人を守ってください。
一人でいる人は、最寄りの知り合いと小さくても良いのでコミュニティを作りましょう。

・避難した女性の方。
絶対に一人で公衆トイレに行かないで。
便乗する性犯罪者がいます。
常に誰かと行動して、トイレも二人以上でいくようにしてください。

・赤ちゃんがいる方。
赤ちゃんの頭にタオルでも何でもいいので、クッションになるようなものを置いてください。
阪神大震災で、テレビが飛んできて死亡した乳児がいました。
彼の死を無駄にしないで。

・電話の使用は極力避けてください! 
非常の為の119番や110番がかかりづらくなっています。 

・地震が起こったら、必ず窓を開けてください。
そして、家にいる人は、水道が止まる前に、お風呂に水をためてください。
まだ、電気が通じる人は、ご飯を炊いてください。
阪神淡路大震災の経験から、皆さんに伝えます。

・停電をした地域は、必ずブレーカーを全て落としてください。
また避難する際も絶対にブレーカー落としてください。
送電時に火災になって家が燃えてしまいます。
停電から復旧した瞬間ショートして火災というケースも多いようですので、停電してても落としてください。
通電されたら小さなブレーカーを一つづつ入れて下さい。
漏電ブレーカーが落ちるようでしたら、無理に入れず、電気事業者等に連絡をとって下さい。

・ガスの元栓をしめてください。
ガスが充満すると静電気だけで大爆発が起こります。

・断水の可能性がありますので、お風呂に水をためてください。
飲料水の確保もお忘れなく。
ネットが使えるうちに自分の住んでる地区の避難場所を確認してください。

・足元数十センチの津波でも足をすくわれ一気に沖合まで流されます。
絶対に見物などには行かないようにしてください。

・車のトランクにタイヤ交換用のジャッキがついているはずです。
瓦礫の下敷きになっている人を救助する場合、かなり重要になってきますので、提供をお願いします。

・室内に居る時も、履物の確保をしてください。
ガラスの破片で足を怪我すると、命取りです。

・室内に居る時も、履物の確保をしてください。
ガラスの破片で足を怪我すると、命取りです

・室内に居る時も、履物の確保をしてください。
ガラスの破片で足を怪我すると、命取りです。

・避難する時は、雑誌を頭に載せてタオルやシャツで包むだけでも
簡易ヘルメットになります。
おなじように足に巻けば、履物になります。

以上、一人でも多くの方が、コピーペーストで広めてくれることを願っています


通信各社の災害用伝言板

▼NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス

 iMenuトップの災害用伝言板リンクからアクセス。

 伝言板にメッセージ登録が可能なのは青森県、秋田県、宮城県、山形県、福島県。

 PCからメッセージを確認する場合は
http://dengon.docomo.ne.jp/top.cgi

▼KDDIの災害用伝言板サービス
EZwebトップメニューかauoneトップから災害用伝言板へアクセス。

 安否情報の確認は
http://dengon.ezweb.ne.jp

▼ソフトバンクモバイルの災害伝言板

 Yahoo!ケータイの災害用伝言板メニューかMy Softbankからアクセス。

 安否情報の確認は
http://dengon.softbank.ne.jp/

▼NTT東日本

 災害用伝言ダイヤル「171」と災害用ブロードバンド伝言板「web171」。

▼ウィルコムの災害用伝言板

 ウィルコム端末からのアクセスは
http://dengon.clubh.ne.jp/

 他社携帯やPCからのアクセスは
http://dengon.willcom-inc.com/

▼イー・モバイルの災害用伝言板

 アクセスは、ブックマーク(お気に入り)→EMnetサービス→災害用伝言板→災害用伝言板トップページ。

 安否確認は
http://dengon.emnet.ne.jp/
【2011.03.12 Saturday 23:59】 author : たくま
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現代日本人は薄情?
 

100歳を越える老人で行方知れずの方が結構いらっしゃるようですね。
こんな状況を想像もしたことなかったので、ちょっとびっくりしています。

それにしても、ニュースをみるにつけ毎回耳に入るこの言葉。

「日本人は薄情になった」

そうなの〜?

「現代日本人薄情論」(←勝手に命名)は、老人行方不明事件の前から
ずっと言われてきていることですが、
私が全国各地の寺社史跡をめぐる旅をした感想は、

「どこの地域に行っても暖かい人はたくさんいるもんだ」

でしたけどね。本当に。
田舎はもちろん、東京のような都会でも、ずいぶんいろんな人に助けられました。


中でも一番びっくりしたのは、京都市の南西のはずれに鎮座する大原野神社を訪れたときです。


20060912_131709.jpg
【京都府 大原野神社 784年長岡に創建、850年現在地に遷座】


その日は雨模様で、私は濡れながら参拝していたのですが、
地元の方らしいおばさまが、すれ違いざまに

「傘を差し上げましょうか?」

とおっしゃるではないですか。
そして、私が答えるまもなく、おばさまは自分の傘をたたんで私に渡そうとするのです。

わたしゃぁ、この方は大原野神社の神様じゃないかと思いましたよ。いやほんと。
「たくまの旅日記:大原野神社 人心の荒廃を嘆いていい人」参照)


20060912_131711.jpg
【一本しかない傘を見知らぬ人間に差し出そうとしてくれた神様のようなおばさま】


私、このおばさまに出会って感じました。
日本人は薄情になったと思っていたけども、その前に、
自分はこのおばさまのように人に情けをかけているのだろうか?

答えはもちろん否。
私には日本人の心の荒廃を嘆く権利はありませんでした。
きっと今でも。


ところで、話を戻しますが、日本人、まだまだ全然いけてますよ。
フランス辺りに在住している日本人であれば、きっと私と同じように考えるはず(笑)

ですから、あまり不信感をつのらせるような発言を電波で流さないで欲しいと思います。



さて、それでもなお、「現代日本人薄情論」が流布するのには当然理由があるはずで、
その主なものとして挙げられるのが、「昔は隣近所で助け合っていた」というもの。

これをちょっと歴史的に考えてみると、昔の近所付き合いが濃かった大きな理由は、
地縁的なつながりが強かったということでしょうね。

江戸時代まで、ほとんどの人が生まれた村で一生を過ごしていました。
村のコミュニティは小さなものなので、どこで誰が何をしていたかなんて、
またたくまに村中に知れわたったと聞きます。
こんな社会ですと、近所との距離感が近くなるのも当然です。

「現代日本人薄情論」は、長い長い時間をかけて培われてきた日本人のコミュニティが、
近年になって崩れてきているということでしょう。


しかし、ちょっと待ってください。
地縁的つながりの強い社会は、本当に純粋に「昔は良かった」といえる様なことばかりなのでしょうか?

はっきり言って、私は嫌です。


狭い土地に縛られた社会は、そこだけのルールや価値観、常識を生み出し、
社会に属するすべての人にそれを押し付けます。
従わぬ者、なじまぬ者は変人のレッテルを貼られ、
「女は村の所有物」といったような偏った考えも、容易に正当化されてしまうのです。
自由もない、権利もない、プライバシーもない。

基本的人権の尊重という点では、今は、昔よりまちがいなく良くなっていると私は思います。


とは言え、たしかに、現代日本の個人主義的な考えが理想的とは思いません。
個の尊重と言いながら、結局、集団心理に身を委ね埋没する中途半端さは否めません。

それでもやはり、何もかも悪くなっている訳では絶対ない。


今求められていることは、「昔は良かった」と懐古主義に浸ることではなく、
現代的な個の尊重と伝統的な集団意識とを
うまく融合していく方向性を求めることではないでしょうか?


何か偉そうにあれこれ語ってしまいましたが、具体的にどうすべきなのか、
私に妙案があるわけではありません。

しかし、私は、私自身の課題として、まずは大原野神社のおばさまのように
スマートで情け深い人間を目指そうと思います。

【2010.08.06 Friday 22:42】 author : たくま
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琉球・沖縄の聖域と王権思想
 
【世界遺産 今帰仁グスク】


全国各地の山々を駆けずりまわったおかげで山を見る目が多少なりともついてきた
たくまですが、最近、その経験を糧に、沖縄の聖地たる山(御嶽やグスクなど)と、
琉球王国の宗教政策の関わりについて研究を始めました。

琉球の支配者たちが、自分たちの権力の強化・神聖化のために
聖地たる山をいかに利用してきたかが少しづつ見えてきたので、
研究の成果の一端を紹介しようと思い立ち、
ブログを立ち上げました。

興味ある方はぜひお立ち寄りください。


琉球・沖縄の聖域と王権思想
http://obotsu-sedi.jugem.jp/
【2010.07.29 Thursday 19:45】 author : たくま
| 沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
風化する戦争の記憶
私は今、浦添市の前田・経塚近世墓群という遺跡の発掘に参加しています。
浦添近辺は沖縄戦の中でも有数の激戦地区で、終戦から64年を経た今も、多量の不発弾、ガスマスク、薬瓶、遺骨等々が出土してきます。

先日も、壕跡と思われる遺構の中から日本兵三名の遺骨がまとまって発見され、沖縄の地方新聞に紹介されました。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-150076-storytopic-1.html (琉球新報)


新聞社へ取材を依頼したのは私たちです。
しかし、そこには大きな葛藤がありました。


遺骨をさらしものにしても良いのだろうか?


迷った末、「戦争の記憶が失われないよう」という、もっともらしい理由の元、彼らに「平和」の犠牲を強いることになりました。
それが正しいことだったのかどうか、私にはいまだに分かりません。


私の心配とは裏腹に、遺骨の公表はなかなかの反響でした。
問題意識の高い人々が、直接現場を訪れ、手を合わせて行かれました。

しかし、中には、こんな驚くべきことを口にする人達もいたのです。


おじさん「あなた達はこの遺骨をこれからどうする訳?」

たくま「調査しながら取り上げた後、県の援護課に引き継ぐことになっています。」

お「取り上げる訳?保存はしないの?」

た「いえ・・・骨の状態も良くないですし、早く取り上げてあげようと思っていますが・・・」

お「状態が良くないなら、レプリカを作るとか、薬品で固めて保存するとかできるだろう。」

た「・・・その予定はないです・・・」

お「こんな凄いものを平和教育に生かさないのか!?」

た「・・・と、言われましても・・・」

お「(こいつじゃ話にならんといった様子で) 後で(たくまの上司に抗議の)電話をしよう。」



あなたは、自分の親族が固められ、さらしものになって平気なんですか?



何か、「平和」という概念だけが一人走りしている気がするのは私だけでしょうか?
目の前の遺骨に個を見ない、その遺族を想わない、
そんな口先だけの「平和」が、一体何を生み出すのでしょう?


終戦から64年を経た今、戦争に対するリアリティは、
ココ沖縄でさえ、これほどもまでに薄れてきているのか・・・
【2009.10.09 Friday 01:08】 author : たくま
| 沖縄 | comments(0) | trackbacks(0) |
肝高ではない阿麻和利
最近、沖縄では、現代版組踊「肝高の阿麻和利」というミュージカルが話題になっています。

勝連地域の中高生が、世界遺産に指定された勝連グスクの城主、阿麻和利(あまわり)の半生を演じるもので、一種の地域おこしとして始まったそうです。
今では、沖縄県内に留まらず、海外公演を行うほど意欲的に活動をされているようです。
今後の活躍がますます楽しみですね。


ところで、同ミュージカルが有名になるにつけ、少々心配になっていることがあります。
それは、「肝高の阿麻和利」というタイトルの、
「肝高(きむたか)」の解釈についてです。

試しに「肝高」をネット検索してみると、

・沖縄の言葉で「志高き生き方」という意味

・「志しが高い」というこの島の古い言葉

・沖縄の古語で「心豊かで気高い」という意味

・沖縄最古の歌謡集「おもろそうし」にもしばしば見られる古語で「心豊か」「気高い」「品位ある」などを意味する。

などなど。

これらの説明、間違ってはいないんですが、
これだけだと正解とも言えないんです。


もしやと不安を抱えつつ、現代版組踊「肝高の阿麻和利」の公式サイトを覗いてみると、

  • 肝高(きむたか)……沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」で見られる古語で、「心豊か」「気高い」などを意味し、高い生活文化を称えた勝連および勝連城の美称

  • さすが!
    そうなんです。「肝高」は、『おもろさうし』の中で、阿麻和利を讃える言葉としてではなく、「勝連」の別称として使われているのです。

    『おもろさうし』の中には、確かに、「肝高の阿麻和利」という句があるのですが、これは、必ず「勝連の阿麻和利」と対句になっており、「肝高」なのは「阿麻和利」ではなく「勝連」、「肝高」=「勝連」なんです。
    阿麻和利は、そうした肝高の勝連にふさわしい支配者として賛美されています。

    ここでは詳しい説明は省きますが、「肝高」を「勝連」の別称と取るか「阿麻和利」を賛美する語と取るかは、『おもろさうし』という歌謡集の全体像を、引いては、当時における勝連グスクや阿麻和利の存在意義を考える上で、非常に重要な問題なのです。(と、思っています)


    現代版組踊「肝高の阿麻和利」は、阿麻和利を肝高に描いているという意味合いでのタイトルだと思うので、異議を唱える訳ではないですが、勝連の歴史に誤解が生じないことを切に願う次第です。

    【2009.06.15 Monday 12:36】 author : たくま
    | 沖縄 | comments(3) | trackbacks(0) |
    コンクリート船 武智丸


    このブログが開設されてから、はや3年2ヶ月。
    本更新で、555件めの記事になります。
    ちりも積もればなんとやらですね。
    最近はめったに更新することもありませんが、
    それにも関わらず、毎日多くのアクセスを頂いているようで、
    ほんとうにありがたい限りです。
    旅ネタはまだ尽きていないので、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです(^^)


    さて、今日はちょっとかわったものをご紹介します。
    広島県安浦町の港で見られる、武智丸です。
    何がかわっているのかというと、武智丸はなんと、コンクリートで造られた船なのです。

    この船の来歴は戦時中に遡ります。
    船を建造するのがままならない鋼材不足を補うため、
    林邦雄という日本海軍技術中佐が設計したのがコンクリート船でした。
    これが採択され、大阪府土木会社の武智昭次郎によって、
    高砂市の造船所で建造されたのが武智丸です。

    コンクリート製なんて、例え航行可能だったとしても、
    かなりもろかったのではないでしょうか。
    敵に出会えばひとたまりもなかったことでしょう。

    しかし、日本海軍が苦し紛れに設計したこのコンクリート船は4隻建造され、
    なんと南方にも航海したというから驚きです。


    下が武智丸の写真です。


    【武智丸遠景】

    ん?どれが船?

    と一瞬思ってしまいましたが、よくよくみると、
    写真中央に二隻の船が並んでいました。


    【武智丸近景1】


    【武智丸近景2】

    まるで防波堤のごとく並んでいる2隻。
    じつは、現在の武智丸は、本当に防波堤として活用されているのです。
    なんでも、安浦の港には防波堤が無く、台風の度に被害をこうむっていたので、
    昭和22年、大阪に停泊していた武智丸を持ってきてこの場所に沈めたのがはじめだとか。

    波を防がなければならないので、当然沈められ固定されているのですが、
    船の形をはっきりと残しています。


    【武智丸の船首】


    【武智丸の船上】

    外観のみでなく、内部もそれなりに船の様相です。


    【武智丸内部1】


    【武智丸内部2】


    この武智丸は、実はかなりマニアックな遺物らしく、
    防大出身のたくまの親友でさえ
    「コンクリート船の存在なんて初めて聞いた!」
    そうです。

    世にも珍しいコンクリート船、なにかしらの文化財指定でも受けているのかと思ったのですが、
    その管理には広島県竹原土木事務所が関わっているようです。
    完全に防波堤として扱われているということなのでしょうか?

    なんにしろ、今となっては戦時中の日本を知る貴重な資料です。
    大事に保存されるといいですね。

    【2008.10.25 Saturday 00:41】 author : たくま
    | 中国・四国 | comments(3) | trackbacks(0) |
    福山城跡 別世界の隣人

    福山城跡は広島県福山市に所在し、現在のJR福山駅に隣接しています。
    福山城は秀吉の忠臣として名高い福島正則の居城でしたが、福島は幕府によって改易され、
    代わって水野勝成が入封しました。


    【福山城内の水野勝成像】

    水野は、幕府の許可と援助を得て福山城を立派に整備しました。
    二重の堀で囲まれ、五層の天守と三重櫓(やぐら)七棟を備え、各櫓が多聞櫓で結ばれた壮大なその造りは、
    一国一城制以後に建てられた城郭としては破格の規模だったそうです。
    しかし、現在は、内外全ての堀が埋められ、天守を含むほとんどの建造物も失われてしまいました。

    現在、城跡内には外観復元(外からの見た目だけ復元)された天守がその威容を誇っています。


    【復元天守1】

    う〜む。


    【復元天守2】

    見事に、


    【復元天守3】

    復元したものだ。


    しかし、福山城跡一番の見所はこの天守ではありません。
    なんといっても、筋金御門(すじがねごもん)と伏見櫓(ふしみやぐら)でしょう。
    隣接して建つ両者は城内で唯一現在まで生き残っているオリジナルの建築で、
    国の重要文化財に指定されています。


    【筋金御門】


    【伏見櫓】

    これらは、水野勝成が福山城の整備を終えた1622年から現在まで、
    ほとんど姿を変えることなく残っているというのですから驚きです。


    ところで、筋金御門と伏見櫓は、古さ以外にも非常に重要な歴史的価値を有しています。
    それは、両者が、京都の伏見城から移築されたものであるということです。

    伏見城は豊臣秀吉や徳川家康なども深く関わった城として有名で、
    一大拠点として機能していました。
    別名を桃山城といい、よく言う「安土・桃山時代」の「桃山」は伏見城を指しています。
    これほど重要な城だったにも関わらず、伏見城は、1625年に廃城となったため、
    往時の姿を知るのは容易なことではありません。

    そうした状況の中、現存する福山城跡の筋金御門と伏見櫓は、
    当時の伏見城を知るためにも非常に重要な建築なのです。



    さて、たくまがその彼に出会ったのは、筋金御門をくぐり伏見櫓をじっくり堪能し、
    ほくほく顔で城壁沿いの階段から帰路に着こうしたときです。
    細い道路を挟んで隣接する福山駅のホームを、
    なにやらニヤニヤと観察している人がいるではありませんか。



    折りよくホームに電車が入ってきて、それをみつめる彼の顔は喜色満面。

    本物だ!本物の電車マニアだ!
    めっちゃ嬉しそう!

    初めてみるマニアへの衝撃を表に出さぬよう、すまし顔で彼の横を通り抜けるたくま。
    しかし、彼の目には、愛する電車以外のものが映ろうはずもなかった。

    ・・・

    わからん。

    城跡を出て歩きながら考えこむ。

    俺にはわからん。
    人目をはばからず、あれほどまでに好きな物に没頭できるものなのか。

    まるで別世界の住人に思いを馳せているさなか、ふと史跡を巡っている自分の姿が脳裏をよぎる。
    頭の中で再現された、重要文化財を見つめるたくまの顔は・・・

    笑っていた。

    あぅ(--;

    別世界の住人は、隣人だった。


    マニアの側に立ち、にわかにたくまの胸に怒りがこみ上げてくる。

    笑顔で史跡(公園)を巡っているだけなのに、
    誰にも迷惑かけていないのに、
    冷たい目でみられたり、子供に逃げられたり、外人に取り囲まれたり、(過去記事参照)

    お前ら!マニアをなんだと思ってんだ!
    マニアだって人間だぞ!生きているんだ!!

    福山城跡で、電車マニアとの友情を(勝手に)育んだたくま。
    彼よりも自分の方が怪しいという可能性は微塵も考えないのであった。

    【2008.10.08 Wednesday 18:31】 author : たくま
    | 中国・四国 | comments(2) | trackbacks(0) |
    何かございましたら、下記のアドレスにご連絡ください。
    amamiku@hotmail.com